オリジナル格納庫

ある意味、カオスの巣窟。

あの桜並木の下で 小品集 時間外

密かに…。

密かに…。 本文

想い伝わらぬもどかしさ。
誰かさんの密葬の時のお話。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……どーも……。
……カホリ……
ん?
最後まで、つき合ってくれる?
いいの?
ええ。是非、お願い。
……わかったわ。
……。
あとでね。
……兄さんも。
……。
……ああ。すまないね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
……知ってはいたけど、本当に親戚が少ないわよね。
そういうわけではないのだけどね。
柳原家(あんたんち)はそうでしょうけどね。
母方の祖父(じい)さんが変人だったもんでね。親戚とは縁が切れててね。
俺もよくは知らないんだ。
親父もひとりでふらふらしてたところを母さんに一目惚れして、この家に転がり込んだという話だから、さらにわからんのさ。
関東人じゃないの?
…らしい。西の果てから来たというホラ話を聞かされて育っただけでね。
西の果て……長崎あたりかしらね?
あんがい、反対方向かもなぁ。
ああ、なるほど。
……ま、なんにせよ、あいつの葬式らしいわぁ。
ご近所の方々にお手伝いしていただく必要もないくらいの人数だものね。
でもねぇ、密葬だけってわけにもいかないでしょうよ?
たぶんね。
そうなのか?
……兄さん、あんたはちょっと妹の人脈を知らなさすぎよ?
あいつがどれだけ有名人か知らないなんてねぇ。
ま、だから秋ちゃんが安心してそばにいられるんでしょうけどねぇ。
……う……うむ……。
日本じゃ無名に近いから。
だからよ。どうすんの?
マスコミ対策とかもしておいたほうがいいわよ?
ブルース・リーの葬儀の再来みたくなっちゃうかもね。
窓口を一元化する予定にしてる。
学(さとる)兄さんが手配してくれるわ。
それは正しいやり方ね。
岩下の家だけは守らないと。
そうね。
……。
告別式は、もう少し落ち着いていろいろ体勢が整ったらやるわ。
関係機関のリストを上げてくれないかしら?
私が?
ええ。カホリのほうが詳しいでしょう?
……まぁね。
それよりも窓口とかいろいろ決まったら教えて頂戴よ。
その窓口にすべての連絡が行くように手配してあげるから。そっちのほうが早いわ。
分かった。そうさせていただくわ。
じゃ、そのように。
ええ。
……。
……。
……。
(コンコンコン…)
……どなたさ……お、トモか。
話は終わったわよ、入ってらっしゃい。
うん。ごめん。
どうしたの?
春花がさ……。
泣いてる?
いや……泣かないんだ。
え?
泣きそうな顔をしてるのに、こらえて泣かないんだ。
……どうしたら、いいと思う?
放っておくしかないわよ。
カホリ小母さん。
自分の意志で泣かないのだったら、泣けるまで放っておくしかないのよ。
……うん……。
連れてらっしゃい。アタシまだちゃんと喋ったことがないのよね、春花と。
そうだっけ?
そーよ。ふふふ……。
そうだった?
ええ。だから今回、必ず会えるわと思って、ちょっと楽しみだったの。
……イヤな笑みを浮かべないでよ。
まぁまぁ、いいじゃない。ふふふ……。
トモ、春花を連れてきてよ。タカも外にいるんでしょ? 一緒にいらっしゃい。
う……うん。
カホリ君?
大丈夫よ兄さん。苛めたりしないから。
お……おいおい。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(コンコンコン…)
どうぞ?
春花、こっちいらっしゃい。
うん。
こちら保科香穂里さん、貴ちゃんとお母さんの同期生よ。大学時代のね。
歳はお父さんとのほうが近いけどねー。
こんにちは。大きくなってからは「はじめまして」ね、春花。
こ……こんにちは。岩下春花です。
あら、お利口さんね。
お兄ちゃんたちみたいに「カホリ小母さん」って呼んでね。
はい。
……。
……。
……ふぅん……なるほどね。ふふ……。
……。
カホリ?
……お母さん。お兄ちゃんたちのトコに行っていい?
え……ええ。
春花、ジュースあるぞー。おいで。
チョコもあるけど、いるか?
うん。食べるー。
------------------------------------------
なんとなく分かったわ。
カホリ?
あいつがあの家に執着したワケが。
……。
少なくともあの子が生まれてからの理由がね。
まさか、春花が?
たぶんね。
……ふふふ……まっさか、40近くも下の子供に負けるとはねぇ。
……。
仕方ないか。あいつが求めていたのは恋人じゃないからね。
カホリ。
あいつはね、「家族」が欲しかったのよ。
もちろんアンタは気がついていたと、アタシは思ってるけど?
……ええ。そうね。
「家族」を欲しがるクセに、それを自分で作ろうとか維持していこうとかって気持ちは
さらっさらないっていう、困った人だものね。
抱えてる矛盾が大きすぎるのよね、あの子は。
……ふ…。
なによ?
「あの子」って……。
……ふん……。とうにあいつはアタシの中では「手のかかる弟妹」みたいなものよ。
恋人や愛人なんて感情は、どっかに流れて行っちゃってるわよ。
……知ってたわよ、それも。
……でもね……本当に……好きだったんだから。
うん。
何度も縒りを戻す程度には、本気で好きだったのよ……。
……うん。
馬鹿よね。……あいつもアタシも。
そうね……でも、あなたが居たから、貴ちゃんは貴ちゃんでいられたんだと、私は今もそう思ってるわよ。
あなたが変わらず貴ちゃんと接してくれたから。
だってあいつ、ただのさびしん坊じゃない。
あいつの原動力って隙間なのよ。
何をやっても埋まらない隙間を延々と埋める作業をしているだけの、バカったれなのよ。
……。
せっかく家族ができたってのに、ホントにバカじゃないの!?
……。
もっと……自分を大事にして……欲しかったわ……。
……そうね。
埋まらないままに逝っちゃうなんて。
……。
……カホリ。
ん?
このあと、時間あるかしら?
あるわよ。どうせこのためだけに帰国したんですもの。
じゃ、ちょっとつき合ってくれる?
あなたに見せたいものがあるの。
なに?
貴ちゃんの、遺作。
は?
ウチにあるの。“あずまや”に。
あまりに大きくて、このままじゃ出せないの。
……。
それを見て欲しい。
たぶん、門外不出になる作品だから。
……芸術的価値は、全くないもの。
例の三島氏も欲しがらないものなのかしら?
それはわからないけどね。
……それと、もう一点あるの。
そっちが公的な遺作になると思う。公表の仕方によると思うけれど。
へぇ?
そっちは、あなたに。
私?
ええ。
たぶん、あなた宛。
ふうん……分かった。
とことんつき合いましょう。
良かったら泊めてよ。どっちでもいいし。
……ええ。いいわよ。
じゃ、そういうことで。
拍手送信フォーム
Content design of reference source : PHP Labo