オリジナル格納庫

ある意味、カオスの巣窟。

あの桜並木の下で 小品集 後期

ドクターヘリ

ドクターヘリ 本文

貴子と佐和子。…後期<
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○病棟の屋上。
貴子が屋上の手すりに身を預けて空を眺めながら、タバコを吹かしている。
それは快晴。風はやや強め。洗濯物が元気よくはためいている。
ちょっと動けるようになったら、もうココ?

 

貴子、声の方に振り向く。視線の先には白衣姿の佐和子。
貴子
……いいじゃん。脱走したワケじゃなし(にしし、と笑う。歯の間から盛大に煙が漏れる)

 

佐和子
機関車か、あんたは。……やめないのねぇ、それだけは。

 

貴子
まぁね。ポリシーってヤツかな。

 

佐和子
ポリシーで寿命を縮めるのか。

 

貴子
長く生きてても仕方ないし。

 

佐和子
そんなに嫌?

 

貴子
うん、嫌だ。……それだったら一緒に滅ぶ道を選ぶ。

 

佐和子
頑固ね。

 

貴子
……先生だったら、どうする?
もしも、先生が外科医で、って仮定して。

 

佐和子
死にたくなるでしょうね。

 

貴子
ほら(そうでしょ、と言わんばかりに肩をすくめる)

 

佐和子
でもね……

 

貴子
(ん?)

 

佐和子
たぶん、切るわね。それよりも大事にしたいものがあるからね。
科を変わるって手もあるし。
それこそ今やってる科に移るわね。勉強をし直して。

 

貴子
……なる……(納得したように頷く)
先生には、別の道を行く手もあるのか。

 

佐和子
あんただってそうじゃないの?

 

貴子
モノが作り出せなくなったら、それはもう私じゃない。

 

佐和子
アイデンティティの問題……というわけ?

 

貴子
そんな簡単な問題じゃ……たぶんないよ。

 

佐和子
(肩をすくめる)馬鹿よね、あんたは。

 

貴子
そうかもしれない。……でも、それでいい。

 

佐和子
(肩をすくめる)

 

備え付けの灰皿に吸い殻をぎゅ、と押しつけ、次のタバコに火を点ける。
佐和子
ペースが早い。

 

貴子
軽いヤツだから。いつも吸ってるヤツ、ココの売店にはないもの。

 

佐和子
お嬢に持ってきてもらえば?

 

貴子
わざわざ叱られるようなことは、言わない主義なんだ(顔をゆがめて笑う)

 

佐和子
じゃ、私が言ってあげよう。

 

貴子
……ほ? どういう風の吹き回し?

 

佐和子
本数が増える方が、体に良くない。ニコチンよりもタールの方が問題だから。

 

貴子
なるほど(苦笑) じゃ、お願いしようか。

 

佐和子
持ってきて、あんたに渡すときの、お嬢のしぶーい顔が目に浮かぶわね。

 

貴子
結局、お小言食らうわけだ、ワタシは。

 

佐和子
そのくらいのペナルティは我慢しなさい。

 

貴子
はいはい。
……ところで、センセ。

 

佐和子
なに?

 

貴子
忙しい先生が、こんなしょーもないことを、こんなトコまで喋りにきたワケじゃないんでしょ?

 

佐和子
ええ、もちろん。
でもさらにしょーもないことを言いに来たんだけどね。

 

貴子
(鼻白む)えー? ぁによ?

 

佐和子
あんたに、三行半を渡そうと思って。

 

貴子
(苦笑する)なにそれ? 愛人関係を解消する……ってか?

 

佐和子
ええ。

 

貴子
データがそろったワケか。

 

佐和子
その通り。

 

貴子
そういう、先生の、歯に衣着せぬトコが好きだなぁ。

 

佐和子
あんたみたいな面倒くさいのと、なにを好きこのんでつき合わなきゃいけないのよ?(冷たく言い放つ)

 

貴子
そんな物好きもいたりするんだから、そういう人たちに失礼だよ、そのセリフは(呵々と笑う)

 

佐和子
そうね。お嬢とか、あんたの愛人1号とか? つくづく感心するわ。

 

貴子
他にもいたりするんだけどなー(苦笑しながら)

 

佐和子
寝言は寝てから言うのね。最近愛人1号と私の他に、誰かとつき合っているかしら?
人嫌いがさらに酷くなってるクセに。

 

貴子
……佐和子先生には敵わないな。そこまでお見通し……か。

 

佐和子
表面だけ取り繕ってるってくらい、誰でも分かるわよ。あんたはかなりあからさまだもの。

 

貴子
………。

 

佐和子
人が恐い?

 

貴子
……別に。

 

佐和子
新しいナースが来るたびに、ぴりぴりしてるわよね、回診の時。

 

貴子
………。

 

佐和子
半野生のネコよね、あんたって。
でも、心を許した相手には、忠実な犬だったりもする。
(にやりと笑う)……違う?

 

貴子
……うるさいな。
愛人関係は、終わり。……話はそれだけ?

 

佐和子
ええ。愛人関係は終わりにするけど、あんたとは友人でいたいのだけどな、私としては。

 

貴子
(怪訝な顔)

 

佐和子
……て、こんなこと、あんたにはわざわざ言わなくても良いとは知ってるけどね。

 

貴子
たまに……、セフレやってくれるなら。

 

佐和子
それは……考えておくわね(にや、と笑う)
あんたとヤるのは、フツーに男とやるより体力がいるもの。
私、そろそろいい年なんで、体力が目減りしてんのよね。だから、考えとくわ。

 

貴子
できたら、前向きに検討しておいて(笑って、灰皿にタバコを押しつけて火を消す)
……センセ。ここ、いい眺めだよねぇ。建物高いし。

 

佐和子
そうね。周りに緑も多いしね。

 

貴子
(本棟の屋上を指して)ああいう無粋なものがあるのが難だけどね。

 

佐和子
アレのおかげで命拾いした人間が言うセリフかね?

 

貴子
まぁそーなんだけどさ。……日に何度も出動してるよね、アレ。

 

佐和子
それだけ急を要する人がいるってコトよ。…良いことではないけどね。

 

貴子
そーだね。
先生はアレで出勤したりしないの?

 

佐和子
アレは緊急用のモノなのよ。するわけないでしょ。

 

貴子
アレじゃなくて、自家用とか持ってないの?

 

佐和子
持ってるわけないでしょ! 庶民なんだから。

 

貴子
庶民……ねぇ(苦笑する) じゃ、使ったことはないんだ、あそこ。

 

佐和子
あるわよ。患者と一緒に乗って来たことが何回か。
こないだもあんたと一緒に乗ってきたし。あんたが知らないだけで。

 

貴子
えー? そうだったんだぁ。ちぇ、残念だったな。せっかく先生と空中デートだったのに。

 

佐和子
久々に家族団欒の晩ご飯もぶっちぎってくれたのよ。ハラ立つわね。

 

貴子
このお返しは、出世払いでするから、許してよ(きゃらきゃら笑う)

 

佐和子
する気なんてさらさらないクセに。

 

貴子
ふふふ……。

 

佐和子
機嫌、良いわね。今日は。

 

貴子
そうでもないよ。

 

佐和子
そう。そういうことにしときましょうかね。

 

貴子
うん。そうしておいて下さい。

 

佐和子
(腕時計を見て)……あら……そろそろ行くわね。

 

貴子
また、夕方の回診の時にね(手をひらひらさせる)

 

佐和子
タバコ。

 

貴子
……ん?

 

佐和子
いくら軽いからって、ほどほどにしておきなさい。

 

貴子
薬局に、ニコチンパッチあるかな? それでも充分だけど?

 

佐和子
「喫煙外来」にかからないと貰えないわよ。

 

貴子
そこを、佐和子先生のペンでちょいちょい……と。

 

佐和子
(肩をすくめて、身を翻す)

 

貴子
……今までありがと、先生。楽しかったし?

 

佐和子
(肩越しに)明日は雪でも降るのかしらね?

 

貴子
残暑の真っ盛りに? それは大変だなー。

 

佐和子、去る。
貴子はまた病院の外に広がる風景を見る。
無意識にタバコを出そうとするが、気が付いて、くしゃり…と箱を軽く握り潰す。
それをボトムのポケットに突っ込んで、空を見上げる。
空に浮かぶ雲にはそろそろ秋の気配がしていて……。
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