蜜柑・2
蜜柑・2 本文
○岩下家・庭
貴子がふた折り式のノコギリで、なにやら庭木の枝を落としている。
声
貴子。なにやってるんだ?
貴子
(振り返って)んー? ……店がヒマなの?
声の主は友則。タ●ヤのエプロン姿。
友則
ヒマじゃない。やっと客が切れたんで、メシ食おうと思ってな。
貴子
ふぅん。
友則
剪定にしちゃ、丸裸すぎないか?
貴子
切り倒すんだよ
友則
いいのか?
貴子
別に、思い入れのある木じゃないもの。
友則
お前が吹いた種だったんだろ?
貴子
さぁ? 兄貴の吹いたヤツかもよ。
……種から生えて30数年。実、どころか花すら一度も咲かなかったよねぇ。こいつ。
友則
ある意味根性座ってたな。
貴子
まぁ、ろくに肥料(こやし)もやらなかったしね。
ほら、ここ……。
友則
(覗きこむ)んー?
貴子
肝心なモノは付けないクセに、いらんモノはやたらごっついのが付いてる。
友則
……枝と見紛う大きさだな。……というか、これ……は。
貴子
ね? ちょっと子供らには見せらんない光景だよね。
てか、ハヤニエ刺しに来たモズでさえうっかりこうなるんだもん。
うちのちびどもはぼーっとしてるから危ないわ。
友則
過保護だな。少々の危険は子供のために残しておくべきなんだろ?
貴子
そう考えるのが常だけど。でもこれ、はずみによっては手を貫通しちゃうよ。大人でも。
友則
……否定はせんな。
しかし、そーだなぁ。えっと……トゲを切るだけじゃいかんのか?
貴子
そっちのほうが過保護だよ。蜜柑の木にはトゲがある。モノによっては凶器にすらなる。
トゲを落とした方が、そういうのを学べないから、却下。
友則
……う、うむ。そうか。
お前が切るなら、別にオレは構わんよ。お前の木だって、子供の頃から思っていたしな。
おまえが嫁に行く時には、掘って持たせようと思ってたくらいだし。
貴子
はーぁ?
……残念でしたねぇ。嫁に行く予定どころか気すらがなくて。
友則
そう思ってたのは20年くらい前の話で、諦めたのは10年くらい前だから、べつに構わん。
貴子
あらv
友則
しかしお前、なにもそんな小さな鋸じゃなくて、電動のヤツとかで切ったら早いだろうに。
貴子
電動工具はワタシの仕事道具。これはプライベートだから、使わない。
友則
あ、そう。
貴子
それ以前に、この木に敬意を表して、手切りしてんの。
友則
ほう?
貴子
人間の都合で生きてるのに切り倒すんだもん。こんなに根性据わった木なのに。だから、せめて。
友則
へんなところにこだわるな。
貴子
いつものことじゃん。
友則
そうだな。……で、このあとどうするんだ?
貴子
今だったら何も作ってないから、土壌改良も兼ねて、畑で1週間くらい渇かした後で焼こうかと。
できた灰は梳き込もうかと。
友則
相変わらず合理的だ。
貴子
もちろん。捨てればゴミだけど、焼いたり埋めたりしたら肥料になる。
土が肥えたらミミズや虫が増える。モグラもやってくる。
春先にちびたちとモグラを追いかけて遊ぶのが楽しくてねぇ。
友則
……ヘンな遊びを教えるなっっ!!
貴子
ふふふふ……。……てか兄貴、メシ食わんでいいの?
友則
おっと、いかん。
貴子
手、洗ってくるよ。
友則
……いや、別にひとりで食える。
貴子
ワタシもゴハンまだだから。ついで、ついで。
友則
お前がオレのために何かしてくれるとは、思っとらんよ。
貴子
あら、ひどい(笑う)
……一週間くらい、畑は立ち入り禁止ね。みんな。
友則
わかったわかった。
貴子
牛糞堆肥を撒いたって言っとくかな。
友則
……嘘は感心せんな。
貴子
(ノコギリを折りたたみながら)こりゃね、方便っていうんですよ。
友則
ふん、言ってろ(笑いながら、家に向かって歩き出す)
貴子、折りたたんだノコギリを無造作に尻ポケットにねじ込み、
友則のあとを追っかけるようにして、家に入る。