オリジナル格納庫

ただいま。

お帰りなさい。用意、出来てますよ。

うん。ありがとう。

……子供らは？

下の子らは寝ました。
お兄ちゃんは……まだ起きてるんじゃないかしら？

理想が高いのも考えものだな。

低いよりも良いと思いますけど？

そうだが。
ある程度は自分の学力に見合うところにしておかないと、入るだけが目的になってもいけないからね。

（苦笑して）大丈夫ですよ。目標は別にありますから。
どうしても越えなきゃいけないものがあるんですって。

ほう？

それを越えるために、今頑張っているのよ。

なるほど。

飲みます？

……いや。メシ下さい。

はい（まずお茶を入れて、相手の前に置く）

（お茶を飲みながら）越えなきゃいけないもの……か。
なにか知ってるかい？

ええ。

オレは知らなくていいものかな？

さぁ？
……はい（食事を置く）

教えてはくれないのかな？　君は。
……いただきます。

……（にこにこ笑っている）

うん？

お味はいかが？

（にこっと笑い）美味いです。

外で美味しいもの食べているでしょうに。

君のご飯には敵わない。

秋子さんとご一緒でも？

もちろん。
総裁もそう思っているさ。
オレや会社の人間と食べるより、家族と食べる方が美味いって。

今日は何を食べてきたの？

……ハンバーガー。

………。

試食会だったんだ。
味は悪くなかったが、しょせん仕事だ。

いつも大変ね。

ところで、さっきの話なんだけど。

なぁに？

あいつが越えなきゃいけないもの、ってなんだい？

気になる？

ちょっとね。

男の子だもの。

ん？

男の子が越えるべき最初のものよ。

ん？
……あ、ああ。

そう。

そういうものなのか？

そうらしいわ。私の兄がそうだったもの。

そうか。
オレには居なかったからなぁ、物心ついたときから。

お祖父さまは？

爺さんは……ちょっと違うな。
越えられない壁のようなもの……かな。

………。

その爺さんなんだが。

ええ。

本格的に隠居するらしい。

かなりのお年ですものね。

……で、後継にオレを……と。

………。

総裁にも言われた。
室長の職はそのままでいいから……と。

どうするの？

そうは言われても、はいそうですか、というわけにはいかないと思う。
一、二年のうちに辞めて、専任として本邸に入ることになるよ、きっと。

………。

ああ見えても、あの家は忙しいからね。

ほとんど住んでいないじゃない。

ほとんど住んでいないから、忙しいんだ。
いつ来賓が来るかもわからないし。
専任となると、この家もたたんで爺さんが住んでる家に移ることにもなる。

世間と隔絶しそうな感じね。

当座、オレだけが単身入居でも構わないけどね。
爺さんと住むのは、嫌だろう？

嫌ではないわよ。
あの家が本邸の敷地内でなければね。

厳密に言ったら、隣なんだけどね。

でも柳原の地所でしょうに。

そうだね。

それは敷地内と同義なのよ？
子供たちの学校のこともあるし。どうしたものかしらね。

今日明日というわけではないから、ゆっくり考えよう。

そう言っているうちに、2、3年なんて、すぐ過ぎちゃうわよ？
そうでなくてもあなた、忙しいんだから。

……うーん。

ひとつ訊くわ。あなたはどうしたいの？
お祖父さまのあとを継ぎたい？

元来、坂井家はその仕事をしているわけだし。

あなたは坂井じゃないじゃない。
坂井姓になるつもり？

それはしない。
爺さんには母しか子供がいなかったわけだし、もともともう一人、母が男を産んだら、どちらかが坂井の養子になる予定が、親父が早々に亡くなるし、母は再婚しなかったし……で、現時点ではオレしかいないわけで。
東郷から坂井になることはあり得ないけれど、オレが爺さんのあとを継ぐのは、当然のことだと思う。子供の頃からそう思ってたし。

理（さとし）はどうするの？

それはあいつの人生だから、好きにすればいいんじゃないか？
オレは爺さんのあとを継ぐ……と子供の頃から決めていた。それだけの話だよ。

……あなたと同じ道を行こうとしているのよ、あの子？

うん。
だから、それはあいつの勝手だよ。
……ドロップアウトしたと思って、がっかりするかもしれないが、
それもありなんだと思う。

頑固ね。

オレの人生だからね。
他人の評価は、謹んで受けるよ（笑う）

わかったわ。
お家の問題も含めて、みんなで話し合っていきましょう？
お祖父さまも、秋子さんも……ね。

そうしてくれると助かります。
できたら一緒に行って欲しいからね。じゃないと、君のご飯が食べられなくなるのは、かなり辛い。

ご飯の時だけ通えば？

うーん……。

とりあえず、お代わりいる？

はい。大盛りで。

はい。大盛りでね。