みたびあなたと…、そして永遠(とわ)に。
みたびあなたと…、そして永遠(とわ)に。 本文
長い長い旅路の果てに。
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○とある部屋の一室。 友則 秋子
アイボリーホワイトを基調にした簡素な部屋。
ベッドが一つ。ベッドの脇にサイドテーブル。
サイドテーブルの上には春の野辺花が差してある小さな花瓶。
ベッドには岩下友則が目を瞑り、静かに横たわっている。
髪も髭も白くなり、痩せている。一目で老衰した男だと分かる。
しかし彼は彼の為人のまま老成して大きく静かで、ほんの少し偏屈な老人になった。
2ヶ月ほど前に岩下家本宅の庭で倒れ、柳原グループが経営するこの病院に運ばれた。
さて、この部屋は秋子をはじめ、岩下・柳原の家人が入院する時に使っている部屋である。
貴子も生前何度か、そして最後の入院の時に使っていた部屋だが、ずいぶん昔に改装されたので、その頃の面影はもう残っていない。
誰かが静かに部屋に入ってきた。
ベッドが一つ。ベッドの脇にサイドテーブル。
サイドテーブルの上には春の野辺花が差してある小さな花瓶。
ベッドには岩下友則が目を瞑り、静かに横たわっている。
髪も髭も白くなり、痩せている。一目で老衰した男だと分かる。
しかし彼は彼の為人のまま老成して大きく静かで、ほんの少し偏屈な老人になった。
2ヶ月ほど前に岩下家本宅の庭で倒れ、柳原グループが経営するこの病院に運ばれた。
さて、この部屋は秋子をはじめ、岩下・柳原の家人が入院する時に使っている部屋である。
貴子も生前何度か、そして最後の入院の時に使っていた部屋だが、ずいぶん昔に改装されたので、その頃の面影はもう残っていない。
誰かが静かに部屋に入ってきた。
声
……友ちゃん。友則さん。
友則、静かに目を開く。
上げた視線の先には老婆になった秋子が微笑んで、友則を覗きこんでいる。
上げた視線の先には老婆になった秋子が微笑んで、友則を覗きこんでいる。
友則
……おかえり。(微笑む)
秋子
ただいま戻りました
友則
どうだったね?
秋子
どうということはなかったわよ。
子供達がみんなで窓口に立ち合ってくれたから、それもあって。
子供達がみんなで窓口に立ち合ってくれたから、それもあって。
友則
すまないね。君にだけ手間を掛けさせて。
秋子
(首を横に振る)……今までは貴方がやってくれたのだもの。
友則
子供達は?
秋子
仕事に戻ったわ。
友則
みんな、働き者だね。
秋子
貴方によく似て……ね。
友則
(ゆっくりと窓の外に視線を転じる)一度くらい、一緒に行きたかったかな?
秋子
ごめんなさい。いつも私の都合で。
友則
(視線を秋子に戻す)今回は俺の都合が悪かったから、
おあいこだね。
おあいこだね。
秋子
私が急いだから…。
友則
でもその判断は、間違ってないと思うよ?
秋子
………。
友則
(そろり、と秋子に手を差し伸べて、秋子の頬に触れる)……そんな顔、しないで。
秋子
悲しいこと、言わないで下さい。
友則
これについては、年功序列なことは、いいことなんだよ。
秋子
でも………。(項垂れる)
友則
まだ大丈夫だよ。(秋子の頭をゆっくりと撫でる)
ほら。……笑って。
せっかくの花嫁が台無しだ(ふ、ふ、ふ、と笑う)
ほら。……笑って。
せっかくの花嫁が台無しだ(ふ、ふ、ふ、と笑う)
秋子
……その言い方、誰かにそっくり。
友則
兄妹(きょうだい)だからね。
……あいつがいたら、さぞかし呆れるだろうね。
……あいつがいたら、さぞかし呆れるだろうね。
秋子
今さら結婚するの? ……て?
友則
……いや。……いつまでグズグズしてるのか……ってね。
秋子
そう……そうね。きっとね。
友則
……秋子くん。
秋子
はい。なんでしょう? 友ちゃん。
友則
(サイドテーブルを指さして)中に……。
秋子
……はい?
(引き出しを開ける)……あ……。
(引き出しを開ける)……あ……。
友則
(にやり、と笑って、手招きする)
秋子
(引き出しの中に入っていた小さな箱を、友則の手に握らせてやる)
友則
これを、君にはめてやるのが、ちょっとした野望だったのになぁ。
……もう無理だよ。自分で蓋も開けられない。
かっこ悪いことこの上ないのだけどね、貰って、くれるかい?
……もう無理だよ。自分で蓋も開けられない。
かっこ悪いことこの上ないのだけどね、貰って、くれるかい?
秋子
(泣きそうな顔で笑う)……はい。もちろん。
友則
今のサイズが分からなくて。
……昔のサイズというのも、さらに酷い話だ。(苦笑する)
……昔のサイズというのも、さらに酷い話だ。(苦笑する)
秋子
……友ちゃん。
友則
……んー?
秋子
かっこいいわよ。私にとって、この上なく。
友則
(にっこりと微笑む)
秋子、箱の蓋を静かに開けて、中身を取りだし、
それを自分の指に。
それを自分の指に。
秋子
……ちょっと、緩い。
友則
ああ、やっぱり(苦笑)
秋子
友ちゃん。……いえ、あなた。
友則
(微笑んだまま秋子を見ている)
秋子
ふつつか者ですが、改めてよろしくお願いします。
友則
こちらこそ。3度目の正直……に、したいねぇ。
秋子
ええ。もう二度と別れないから。
ずっと、あなたと一緒に暮らすわ。『岩下』のままで。
ずっと、あなたと一緒に暮らすわ。『岩下』のままで。
友則
……ああ。
風が、カーテンをゆっくりと揺らし、
ふたりの間にもさやさやと流れる。
ふたりの間にもさやさやと流れる。
友則
……になってやっとあいつの、貴子の気持ちが分かるよ。
秋子
………。
友則
こんなに幸せで優しい時が、ずっと続くといいのになぁ。
君と、子供たちと……孫たちも。
……遠くない未来に別れなければならないのかと思うと、……辛いな。
君と、子供たちと……孫たちも。
……遠くない未来に別れなければならないのかと思うと、……辛いな。
秋子
………。
友則
もちろん、こうやって君とまた一緒になれたのだから、最長記録を作らないと(ふふ、と笑う)
秋子
そうですよ。
一年でも二年でも……あと十年二十年だって……。
一年でも二年でも……あと十年二十年だって……。
友則
おいおい。軽く百過ぎても生きろってかい?
秋子
欲深いですか? ……でも、私ものすごく欲張りですよ。
友則
うん。……うん。
秋子
全部自分のものにしなきゃ気がすまない、ごーつくばりなんです。
友則
……はは、知ってるよ。
俺も、貴子ですらも、自分の懐に入れちゃえる人だからね、君は。
俺も、貴子ですらも、自分の懐に入れちゃえる人だからね、君は。
秋子
……友ちゃん……。
友則
いろいろあったが……おおむね面白い日々だった。
自分が心から好きな人とも、こーして結婚できたしね。
それも、三回も(笑う)
自分が心から好きな人とも、こーして結婚できたしね。
それも、三回も(笑う)
秋子
友……ちゃん。
友則
俺が生きている限り、これから毎日君に言おうと思っている言葉があるんだけど、言っていいかい?
秋子
(頷く)
ベッドから少しだけ体を起こして、秋子の手を取る。
友則
……愛しているよ、秋子くん。
にっこりと微笑むのは確かに老人の岩下友則だが、しかし秋子の目には、秋子が出会った二十代後半の岩下友則が重なって見える。
岩下秋子は感極まって、ぼろぼろと涙を流す。
老婆のはずなのに、そこには二十代前半の秋子がいる。
岩下秋子は感極まって、ぼろぼろと涙を流す。
老婆のはずなのに、そこには二十代前半の秋子がいる。
秋子
……はい。……はい。友ちゃん。
○病室の外。
窓ごしにふたりの老人が手を取り合って微笑んでいるのが見える。
窓の外では桜が満開で、風が吹くたびに花びらを舞い散らせている。
窓の外では桜が満開で、風が吹くたびに花びらを舞い散らせている。
○病室の中。
「こつこつ」と控えめなノックの音。
それに次いで、そろりと遠慮がちに引き戸が開く。
扉からは友則と秋子の子供(といっても、長女の春花でさえ
六十ちょっと前)たちが、そろりと中をうかがうようにして
入ってくる。
それに次いで、そろりと遠慮がちに引き戸が開く。
扉からは友則と秋子の子供(といっても、長女の春花でさえ
六十ちょっと前)たちが、そろりと中をうかがうようにして
入ってくる。
春花
……いい?
友則
(秋子の肩越しに子供たちを見る)
仕事に行ったんじゃなかったのかね?
仕事に行ったんじゃなかったのかね?
貴秋
……ちょっと気になりましてね。
友秋
3度目の新婚生活を邪魔しちゃ悪いかな?……とは思ったんだけど。
秋子
……あなたたち……。
春花
トモ兄。
友秋
ははは。
父さん、近いうちに家に帰れそうだよ?
父さん、近いうちに家に帰れそうだよ?
友則
……ふむ。
友秋
経過は悪くないから、わざわざ病院(ここ)にいる必要は
ないってさ。
ないってさ。
秋子
………。
春花
どうする? なんなら、柳原(ウチ)の“あずまや”にお母さんと来る?(柳原本宅の敷地内にある、岩下家にあった“あずまや”のこと)
友則
ふむ。
貴秋
一週間ほどみんなで暮らしたいかな、と思ってるんだけど、
どうですか?
どうですか?
秋子
あなたたち、家族はどうするの?
貴秋
春貴(ハルキ)は今、外で一人暮らしさせているんで、気にしなくていいですよ。
春花
そうそう。
出向
に出してるしね。
友秋
……お前たち……(じろり、と睨む)
(秋子と友則に)その間に、“新あずまや”のほうに手を入れたらいいかなー……とか。
(秋子と友則に)その間に、“新あずまや”のほうに手を入れたらいいかなー……とか。
貴秋
(友秋の言葉に頷いて)まぁそんなことを考えてるってワケです。
春花
(友則と秋子に)どうかしら?
友則と秋子は顔を見合わせる。友則は秋子に頷き、
秋子はそれを受けて頷く。それから子供たちのほうを向いた。
秋子はそれを受けて頷く。それから子供たちのほうを向いた。
秋子
あなたたちがそこまで考えているのなら。
友則
……家に、帰りたいね。
あいつも、こんな気持ちだったんだろうなぁ。
あいつも、こんな気持ちだったんだろうなぁ。
秋子
友ちゃん……。
春花
お父さん。
貴秋・友秋
………。
貴秋
早ければ二日後には退院できるそうです。
春花
そうだ。“新あずまや”のリフォームが終わったら、お祝いしましょ?
みーんなで。
みーんなで。
友秋
3度目の正直結婚式? いいね。
秋子
どのくらい呼ぶつもりか知らないけど、家の大きさを考えて
ちょうだいよ?
ちょうだいよ?
友秋
あふれたら庭とか畑でやればいいよ。本宅もあるし。
タカ、久々に春貴(ハルキ)も連れてこいよ?
タカ、久々に春貴(ハルキ)も連れてこいよ?
貴秋
あいつ? どーかね? 来たがらないような気がするけどねぇ。
春花
タカ兄がダメでも、私が首根っこ引きずって来るわよ(笑う)
貴秋
それは……(苦笑)
友秋
おっかちゃんは怖い怖い(笑う)
春花
なんですってー!
子供たちはめいめいに言いたい放題言って笑いあう。
まるで10代の少年少女たちのようにも見える。
それを見ながら、岩下友則と岩下秋子は目を細めて見ている。
まるで10代の少年少女たちのようにも見える。
それを見ながら、岩下友則と岩下秋子は目を細めて見ている。
友則
……秋子くん。
秋子
はい。何でしょう? 友ちゃん。
友則
俺は……まだまだ生きるよ。
秋子
……(目を見張って友則を見る。やがてふっくらと微笑み)
……はい。
……はい。
友則
百を超えるまで……いや、その先も君とずっと……。
秋子
……はい。
はい。……私も。
はい。……私も。
未来が
どこまで続いているのか
そんなことはわからない。
ただ
ただひとつだけ
願うならば
許されるならば
この先も、永遠(とわ)にあなたと
ずっと………。
どこまで続いているのか
そんなことはわからない。
ただ
ただひとつだけ
願うならば
許されるならば
この先も、永遠(とわ)にあなたと
ずっと………。