オリジナル格納庫

ある意味、カオスの巣窟。

あの桜並木の下で 小品集 中期

天敵。

天敵。 本文

どんな人間にだって、天敵のよーな存在はいるってぇもんです。
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●その1
 友則の場合。
貴子
おにーさん(目だけが笑っている)

 

友則
……なんだ?

 

貴子
折り入ってお願いが

 

友則
断る。

 

貴子
そんなつれないこと言わないで。

 

友則
だが断る。

 

貴子
まだ何も言ってないのに。

 

友則
その薄ら笑いがすでに危険信号だからな。

 

貴子
(両手で両のまなじりを左右に引っ張って( ̄ー ̄)の顔に)
至極真面目にオハナシしてるのに。

 

友則
……今度は口が笑っとる。

 

貴子
あら。

 

友則
小遣いならやらんぞ。給料の前借りもな。

 

貴子
あら。……どして、わかった?

 

友則
この数ヶ月、この時期になると、せびりに来るのはどこの誰だ?

 

貴子
誰だったっけね?(へらり、と笑う)

 

友則
だいだいだな。俺より稼いでるヤツが、どーして給料やら小遣いやら欲しいんだ?

 

貴子
ソレとコレとは別物だもの。
お給料はお店で働いた正当な対価。小遣いは家事労働に対する正当な対価だと思うんだけど?

 

友則
相変わらず、金にはしっかりしてるな。

 

貴子
うひひひ。
いくら少なくても、貰えるモノはしっかり貰うのがワタクシのポリシーでして。

 

友則
……前借りするのは感心せんな。

 

貴子
まーまー。今回までだから。

 

友則
本当だろうな。

 

貴子
ホントホント。

 

友則
一体何を企んでいるんだ?

 

貴子
別に?

 

友則
誰かに貢いでたりしてないだろうな?

 

貴子
それは、ない。反対はあってもね。

 

友則
………(がっくり肩を落とす)

 

貴子
……で? くれるの? くれないの?

 

友則
……明日でいいか?

 

貴子
やた。うんいいよー。
ありがとう、おにーさん(棒読み)

 

友則
(じろりと睨み)一応、秋子には報告しておくからな。

 

貴子
……げ。

 

友則
当たり前だろ。どっちにしても金の出所はあっちだ。

 

貴子
そこだけなんとかならない?

 

友則
ならんな。

 

貴子
えー……。

 

ごねるとどんどん面倒になるので、さっさと降参する兄。
しかしちょっとしたしっぺ返しも忘れないのが兄。
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●その2
 秋子の場合。
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カホリ
もしもし、秋ちゃん? ア・タ・シー。

 

秋子
……酔ってるわね。

 

カホリ
酔ってないわよー。ぜんぜん素面。

 

秋子
……で、何? 忙しいのだけど、私

 

カホリ
そんなにつれなくしないでよ。

 

秋子
貴女から連絡があるって、いい話じゃないことが多いのよね。

 

カホリ
それはあながち否定しないわよー。だって今回もそうだもの。

 

秋子
………。

 

カホリ
やだ。ちょっと。そこで沈黙しないでくれる?
電話は顔が見えないから、ちょっと怖いわぁ。

 

秋子
……用件をさっさと言って欲しいんだけど。

 

カホリ
あたしがあんたに連絡するって、ひとつしかないでしょう?

 

秋子
貴ちゃん……ね。

 

カホリ
そーよ。あんたの耳にちょっと入れておこうと思ってね。

 

秋子
何?

 

カホリ
ガンタ。あいつ、どこか悪いんじゃないの?

 

秋子
……え?

 

カホリ
普段の様子で、おかしいとこない?

 

秋子
(ちょっと考えて)とりたてては……気がつかないわね。
もっとも、毎日会ってるってわけでもないけど。

 

カホリ
あいつの作ったご飯、食べてるんでしょ?

 

秋子
ええ。……あ。

 

カホリ
何か気がついた?

 

秋子
……味が。

 

カホリ
うん。

 

秋子
薄めになってる……わ、ね。

 

カホリ
なるほど。そうでしょうね。

 

秋子
カホリ?

 

カホリ
あいつの口の中、血の味がするのよね。

 

秋子
え?

 

カホリ
キスしたとき。

 

秋子
………。

 

カホリ
今さらじゃないの。

 

秋子
……そうだけど。

 

カホリ
下世話な話だけど、真面目に聞いて。
あいつの口の中、あちこち噛みまくっているあとがあるのよ。
本人は痛くないみたいだけど、私の舌先に触るのよね。腫れて荒れた跡に。
それがちょっと血生臭いんだわ。

 

秋子
……分かったから、あんまり詳細に解説しないで。いろいろ想像しちゃうから。

 

カホリ
味が薄くなってるなら、まだ浸みてるのかもね。傷跡に。
あとさ。

 

秋子
まだあるの?

 

カホリ
ちょろちょろと反応が遅くてさ。……アレの時じゃないわよ。アレの時もあるけど。

 

秋子
……だから……。

 

カホリ
もともと神経質なくらいいろんなことに過敏なあいつがよ? ちょっとおかしいと思わない?

 

秋子
何かに気を取られてるとかじゃなくて?

 

カホリ
……秋ちゃん。

 

秋子
何?

 

カホリ
それ、本気で言ってる? 一緒に居すぎて鈍感になってない?

 

秋子
………。

 

カホリ
学生の頃を思い出してごらんなさいよ。いくら歳くって丸くなってきたからっていって、
あいつの本性がそうそう変わるものじゃないでしょうに。
……変わってないわよ。あの火の玉小僧の爆弾女は。
変わってないのに、反応が遅いのよ。
こないだなんか、火のついたタバコ、手元まで短くなってるのに気がつかなかったし。
ちょっと火傷してるわよ。指先を。それも利き手の中指。

 

秋子
………。

 

カホリ
少し気をつけて見てやんなさいよ。あたし、明日からメルボルン(向こう)なの。

 

秋子
……わかったわ。

 

カホリ
もっとも、あたしが何言っても、あいつ言うこと聞かないから、あんたに押しつけて帰るんだけどね。

 

秋子
……カホリ。

 

カホリ
何?

 

秋子
ありがと。

 

カホリ
……ふん。……じゃぁね。またいつかね。

 

秋子
ええ。またね。

 

直裁な下ネタ系(?)は苦手な秋子と、それを十分知ってて意地悪するカホリ。
大学同期の親友だけど、お互いに苦手らしい。理由はそれぞれ。
しかしそうだからこそ、時にお互いを信頼しあって情報を交換し合う女たち。
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●その3
 貴子の場合。
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佐和子
おい、義妹(いもうと)

 

貴子
………。

 

佐和子
寝たふりするんじゃないわよ。

 

貴子
……“いもうと”という人はココにはいません。

 

佐和子
じゃ、なんて呼べばいいかしら? “貴ちゃん”?

 

貴子
それはやめてほしい。呼び捨てでいいわよ。

 

佐和子
じゃ、貴子。

 

貴子
なんすか? センセ(しぶしぶ起きあがる)

 

佐和子
いいざまね。

 

貴子
回診に来て、なんつー言いぐさ。ホントに医者かね?

 

佐和子
回診じゃないし、それ以前に回診の時間でもないもの(鼻でふふん、と笑う)

 

貴子
じゃ、何しに来たの? 白衣で権威をちらつかせて。

 

佐和子
悪かったわね。白衣は普段着みたいなものなんだけどな。

 

貴子
勇ましいよね。

 

佐和子
戦士の鎧みたいなものだからね。

 

貴子
この病院で一番の無敵医者がなに言うかな。

 

佐和子
ところで。具合はどうなの?

 

貴子
……回診じゃなかったんじゃないの?

 

佐和子
回診じゃないけど見舞いだから、見舞いの常套句を言ってみただけ。

 

貴子
……さいです…か。

 

佐和子
担当のドクターが言ってたわよ。真面目に話をしてくれないから、症状が掴めない……って。

 

貴子
んなこと言われたって。

 

佐和子
自分でもよく分からない…か。

 

貴子
自分で分かってないことを説明できる人間がいたら見てみたい。

 

佐和子
痛くないの?

 

貴子
痛いよ。でもどういう時に痛くなってるのかわからない。痛みが出るタイミングに法則性がない。

 

佐和子
それを正直に言えばいいのに。

 

貴子
言っても理解してもらえないから、言うのが面倒。

 

佐和子
あんたみたいな患者もどきがいちばん面倒なのよね、医者としては。
……貴子。

 

貴子
……なに?

 

佐和子
あんた今、視界がゆらゆらしてない?

 

貴子
………。そ……かな? ……いや、ないよ。

 

佐和子
そう。……右手出して。

 

貴子
回診じゃないんじゃなかったんかね?

 

佐和子
いいから、握って。

 

貴子
はい?

 

佐和子
握手。

 

貴子
えー、センセと?

 

佐和子
嫌がらない。ほれ。

 

貴子
(佐和子の手を覗きこんで)佐和子先生の手、綺麗だよねぇ。

 

佐和子
褒めても何も出ないわよ。……そーやって、誰でも彼でも女を褒めているんでしょう?

 

貴子
へへへ、バレた?(悪びれずに笑う)

 

佐和子
あら、面白い。

 

貴子
何が?

 

佐和子
あんたの薬指、中指とほぼ同じ長さなのね。

 

貴子
ああ、うん。そう。

 

佐和子
左手も? (貴子の左手を取る)

 

貴子
いや。そっちは……。

 

佐和子
右手だけか。

 

貴子
あ、ちょっと待って。そこ撫でるの勘弁。

 

佐和子
下手な縫合ね。

 

貴子
大昔のコトだし。近所の医者で適当に縫ってもらっただけだもの。

 

佐和子
いつ?

 

貴子
中学2年の春。散々な誕生日だった(苦笑。
……て、アタシ、今誘導尋問され中?

 

佐和子
ふふ……どうかしらね?

 

貴子
佐和子センセ。

 

佐和子
何?

 

貴子
そろそろお家に帰りたいんだけど?

 

佐和子
相変わらず病院が嫌いよね?

 

貴子
好きな人はあまりいないと思うんだけど?

 

佐和子
あら、私は好きよ?

 

貴子
アンタはそーでしょーともよ。

 

佐和子
外出くらいならなんとかなるかしらね? まだ検査が残ってるから。

 

貴子
外出だけでもいいよ。とにかく病院から出たい。

 

佐和子
出てどうすんのよ?

 

貴子
外の空気吸って。……女の子でも引っかけに行くかな?

 

佐和子
冗談でもそういうことするなら、お嬢に言い付けてやろうかしらね。

 

貴子
(自分のうっかり口に臍を噛みつつ、それでもなおかつ抵抗を試みる)
じゃ……じゃぁ、ここは佐和子センセで手を打つよん?

 

佐和子
手?

 

貴子
そーそ。デートしようよ、先生。

 

佐和子
それ、本気?(じろりと睨む)

 

貴子
……え……とぉ……。

 

佐和子
(悪魔のような笑みで)出来もしないことを言うのは、人を選んだほうが良いわよ。

 

貴子
そのよーで。

 

佐和子
今、墓穴を掘ったのに、気づいたでしょう?

 

貴子
……はい。気がつきました。

 

佐和子
さて、どうしてやろうかしら?
あんた今、私に共犯者になれって、言ったも同然だわよね?

 

貴子
……いや……えと……。

 

佐和子
たまには、世の中自分の思い通りにならないことを、教わらないとね。

 

貴子
この世は自分のままならないことでいっぱいですっっ!!
今まで何度も体験してるから、これ以上はもう必要ないっっ!!

 

佐和子
(ふふん、と鼻で笑う)憶えてらっしゃい。

 

貴子
(内心で頭を抱える)

 

佐和子
(腕時計を見て)あら、そろそろ回診の時間だわ。またあとで来るわね?

 

貴子
(弱々しく)えー!? 大名行列で来るのも勘弁してよ、もう。

 

佐和子
仕方がないでしょ? ここの習慣なんだもの。
あんなこと、私だってとっとと止めたいわよ。

 

貴子
止めたらいいじゃーん。

 

佐和子
ホントの意味でトップに立ったら、まずそうするわよ。それまで我慢なさい。
じゃあね(病室から出て行く)

 

貴子
我慢以前に、その頃はもう退院してるってー(力なく呟いて、突っ伏す)

 

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