オリジナル格納庫

ある意味、カオスの巣窟。

あの桜並木の下で 小品集 後期

カレーとすっぷーん。

カレーとすっぷーん。 本文

子供のために、時にはがんばっちゃったりする。

とある日の夕食風景。本日、カレーでございます。
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秋子
あ。こら、春花。

 

友則・貴子

 

秋子
スプーンはちゃんと持ちなさい。

 

春花
や。

 

友則
んー? ああ、そりゃダメだぞー。

 

貴子
………。

 

春花
や。

 

貴子
ハル。

 

春花
や。

 

(大人たちは3人で顔を見合わせる)
友則
あーっと……、これはー。

 

タカ
ハルカ、貴子おばちゃんの真似っこしてるんだろ?<

 

トモ
ハルカは貴子おばちゃん大好きだもんな。

 

秋子
タカ君トモ君、おかわりは?

 

タカ・トモ
いるー。

 

トモ
今日のカレー、すっごくおいしいー。

 

タカ
いっくらでも食べちゃえるー。

 

貴子
そりゃ、アタシが作ったんだからね。

 

トモ
あー……。

 

タカ
………。

 

貴子
母ちゃんにおべっか使ったのに、期待はずれですみませんね、ブラザーズ。

 

タカ・トモ
いえいえー。

 

友則
(苦笑)

 

秋子
春花。貴ちゃんがこの持ち方なのはね……

 

貴子
ああ、あたしが言うから。

 


秋子
でも。

 

貴子
いいから。……春花。

 

春花
たかちゃーん。

 

貴子
アタシに助けを求めてもダメだよ。

 

春花
むー。

 

貴子
アタシがこの持ち方なのは、みんなと違って、普通に持てないからなんだ。

 

春花
………。

 

貴子
でもね、ホントはみんなと同じように持ちたいの。

 

春花
ホント?

 

貴子
ホント。アンタが生まれたころは、まだみんなと同じように持ててたからね。

 

春花
ホント?

 

貴子
ホントにホント。兄ちゃんたちに訊いてみな。

 

春花
(タカとトモの方を見る)

 

トモ
ホント。ホント。

 

タカ
前はぼくらと同じように持ってたよ。

 

春花
(両親の方を見る)

 

友則・秋子
(頷く)

 

秋子
春花。貴ちゃん、ウソは言わないでしょう?

 

友則
(心の中で)ホラは思いっきり吹くけどな。

 

春花
(貴子を見上げている)

 

貴子
……見せないと、納得しないか。

 

秋子
貴ちゃん。

 

貴子
ブラザーズ、落っことしても笑うなよ?

 

タカ・トモ
(「お口にチャック」の動作)

 

貴子、左手でだが、掌を返してスプーンをきちんと持ち、カレーを食べてみせる。
スプーンの柄が、左人差し指の古傷に当たって痛いらしく、時折顔をしかめる。
手も震えている。
貴子
(春花に)どだ?

 

タカ・トモ
おー。おばちゃん、がんばったー。

 

貴子
ったり前だい!(にか、っと笑う)
さて、春花、どうするね?

 

春花
(右手のスプーンをきちんと持ち替える)

 

貴子
よしよし、えらいえらい(春花の頭を撫でる)

 

友則
じゃ、晴れて食事再開でいいかね? ……じゃ、改めてー。

 

全員
いっただきまーす。

 

秋子・貴子
はいどーぞ。

 

再開する夕食風景。
貴子はまた前の持ち方で食べているが、春花はきちんとスプーンを持って食べている。
秋子
(貴子の前にお茶を置く)……ありがとう(貴子の耳元でささやく)

 

貴子
(肩をすくめて)どういたしまして。

 

秋子
痛かったでしょう?

 

貴子
ま、ね。カレーだけはね、どうしてもねぇ。

 

秋子
柄の形状かしら?

 

貴子
単に重いからでしょ。水分吸った米がさ。

 

秋子
ああ、なるほど。

 

貴子
今度から、持ち方を工夫するわ。

 

秋子
無理しなくていいわよ? たぶん大丈夫だから。

 

貴子
自分が、嫌。

 

秋子
そ。じゃ、止めないわね。

 

貴子
うん。

 

友則
秋子くん、おかわり。

 

タカ・トモ
ぼくもぼくもー!!

 

秋子
はいはい(苦笑しつつ、友則の皿から順に受け取る)

 

春花
(黙って皿を貴子に差し出す)

 

貴子
ハル、黙ってないで「おかわり」は?

 

春花
おかぁり。

 

貴子
母ちゃんに言いな。

 

春花
(秋子に)おかーり。

 

秋子
(タカ・トモに皿を返しながら)あら、春花も?
はいはーい(ニコニコしながら春花から皿を受け取る)

 

貴子、肩をすくめて食事を再開する。
岩下家の夜。一家団欒のひととき……。
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