オリジナル格納庫

ある意味、カオスの巣窟。

あの桜並木の下で 小品集 前期

花見に行こう

花見に行こう 本文

 花見に行こう。夜桜を観に。
 陽気な親友はそう言って「きしし」と笑った。
 私が彼女と出会って、次の年からの恒例行事。
 とかく彼女は夜桜が好きだ。
 今年で5回目。
 彼女は飽きもせず、今年も夜桜を観に行くと言う。
 しかし。
 夜桜が好きなのか、それともそれにくっつけるモノが好きなのか。
 夜桜を観に行くとき、準備をその昼から始める気の入れよう。
 それを初めて一緒にやったときも、そして5回目になった今も、呆れるほど彼女は熱心だ。
 コレがないと、『夜桜』って感じがしないのよね。
 彼女は毎回必ず言う。
 そしていそいそと作る。
 塩のみで握った「おむすび」と最初から巻いた「卵焼き」。
 そして冷酒。
 お酒は前の晩から氷が詰まった簡易冷蔵箱に入っているし、おむすびはお昼に炊いた炊きたてご飯に、塩をごっそりと手に付けていくつも握る。
 卵焼きは甘め。少し半熟加減を残して巻く。巻く。巻く。温かいうちに一口で食べられる幅に切って、冷めたらラップで包んで置いておく。
 場合によっては糠漬けキュウリが添えられる。
 夕方遅く、どちらかといえば夜になった時間に、私たちは出かける。
 去年までは二人きりだったけど、今年は雄の猫がボディーガードと称してついてくる。
 花見に行こう。夜桜を観に。
 いつものあの古木の下に。
 電灯もない暗闇。
 川の対岸の明かりでぼんやり見える大きな木。
 いつもの場所にはいつもの土管。
 工事途中でうち捨てられて、土に半分埋(うず)もれて、積み重なった隙間からぺんぺん草が生えてる土管。
 そこに二人と一匹陣取って、今年も静かな花見が始まる。
 頭の上から垂れ下がる、視界いっぱいの桜花(さくらばな)。
 最初の年、あなたは私に無理矢理飲ませたわよね。
 そうなじると、「そーだったかなぁ?」と、とぼけた返事が返ってきた。
 そうよ。まだあの時、私十九だったもの。
 そう言ったら「まー、いいじゃない。しばらくして二十歳(はたち)になったんだし。」と返された。
 冷めた塩おにぎりを食べて、甘い卵焼きを食べる。
 氷で冷やした冷酒を飲んで、さっき瓶から出した糠漬けを丸かじり。
 足元で猫が卵焼きを食べている。
 風が吹く。
 花片がはらりはらりと舞い落ちる。
 湯飲みに入れたお酒の中にも舞い落ちる。
 それをそのまま口にする。
 ふと、隣の彼女を盗み見る。
 至福。
 そんな顔で冷酒に舌鼓を打ちながら、彼女は桜を見上げている。
 きっと誰も知らない。
 彼女の表情(かお)
 ねぇ、どうして私だったの?
 私は問う。
 ずっと気になっていたから。
 野暮な質問かもしれないけど、まぁそれもいいじゃない。
 あの時、すでに『彼女』がいたわよね?
 ちょっとだけ意地悪な質問。
 でも本当にずっと気になっているのよ。
 どうして『彼女』ではなく、私をここに連れ出したのか。
 んー。……なんとなくー。アンタとがいちばん楽しいって気がしたから……かな。
 ……そう。それはありがとう。
 本音だ。
 直感した。
 彼女はこういう時、嘘をつかない。たぶんつけない。
 ま、それならそれで、光栄だと思うことにしましょう。
 私も、あなたとこうしてこの桜を見に来るのが、いちばん楽しいわよ。
 私も本心から言った。
 ……どこまで通じているかは分からないけどね。
 しかし
 へへへ……。ありがと。
 彼女が照れたように返事をした。
 赤くなっているのは、お酒のせい? それとも…?
 花見に行こう。夜桜を観に。
 女二人で、猫をお供に。
 川を渡るゆるやかな風に、花片と共に身を任せて。
 冷めたおにぎりを食べて、甘い卵焼きを食べて。
 氷で冷やしたお酒を飲んで。瓶から出したばかりのキュウリをかじる。
 猫が足元で卵焼きを食べている。
 今日は陽気な彼女と共に。
 そして、来年もまた……。
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