オリジナル格納庫

ある意味、カオスの巣窟。

あの桜並木の下で 小品集 後期

密約

密約 本文

小春日和。もう少ししたら桜が咲こうかという時期。
岩下家の縁側。岳(ガク)がひなたぼっこをしながらのんびりと寝ている。
3日ほど前からホビーショップ・トーテムは『所用により』長期休業。
実は長期バカンスという名の秋子の出張(海外)に、全員くっついて遊びに行ってしまいました。戻ってくるのは5日のち。
しかし猫は連れて行けないので、貴子だけが留守番として残っていて、別宅(2号店)から岳を連れてきて、のんびりと鬼の居ぬ間の洗濯中。
本宅に連れてこられた時の岳は、たいがい貴子のアトリエでくつろいでいる。
何故か? …それは、子供たちが唯一入ってこない空間だから。
猫にとって“子供は天敵“なのは、岩下家でも変わらないみたいですよ。

……さて、猫用のブラシを手にした貴子が、縁側にやってきました。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
がーく。岳さんやー。
………。
ブラッシングしちゃろう(ニコヤカに)
………。
冬毛もそろそろ払い落とさないと、女の子にもてないぞー。
………。
ほれほれ、こっちゃおいで。
(ゴロゴロゴロゴロ……)
アンタはねぇ。見た目に反して冬毛がふっくらしてっからねぇ……。
(ゴロゴロゴロゴロ……)
しっかり取っとかないと、あとあと大変だもんねぇ。
(ゴロゴロゴロゴロ……)
ブラシかけてやるのが柳原じゃなくて、すまんがね。
(ゴロゴロゴロゴ……)
……ん? なに?
……べつに。
お、やっと喋りましたな。ひひ…。
……畑。
なに?
草、とらないの?
もうちょっとしたらね。
タンポポはアンタを連れてくる前に抜いたから、そろそろ焼かないとねぇ。
また根が生えちゃうからね。
ふぅん…。
今年は、ちょっぴりフシアワセな春なんだ。
(小首をかしげる猫)
豆、植えらんなかったからねぇ。
ふーん。
……興味ないね。
うん。
アンタは食べないモノだからね。
うん。
美味しいモノなんだけどねぇ。
わかんないもん。
そですね。
………。
………。
……寂しい?
……?
……柳原、いなくて。
いつものことじゃん(軽く)
そ、だな。
アンタにとってはそだな。
あと5日もしたら、帰ってくるよ。
うるさくもなるけどね。
ははは…。
やっぱ猫だね。
む。
子供、好きじゃないじゃない。
アタシも、実際には……そうだから。
そなの?
ホラ、アタシ猫属性だし?(にか、と笑う)
ノラネコだよね。
お。
…って、ずーっと前に秋子サン言ってた。
さいですか。
………。
………。
お客さーん、痒いところはございませんかー。
耳の後ろのトコー。
ヤサシクシテネ?
…ぶっっ……(苦笑) はいはい、了解。
………。
………。
時に、岳さんや。
……なに?
最近アンタ、喋らなくなったねぇ。
………。
柳原とアタシの前でしか喋ってないよね。
……ま、もともとそういう感じではあったけど。
………。
以前、ちびブラザーズがまだ保育園に行く前くらいまでは、ふたりとも喋ってなかったっけ?
………。
止めたの?
うん。
なんで?
わかんない。
でも、なんででも。
……あ、そ。
ま、いんじゃね? ヤツら誰に似たか知らんけど、よー喋くりおるからね。
うるさいうるさい。
………。
春(ハル)と一度でも喋った?
ない。
……そう。
それがいいかもね。
ハルカはキライじゃないよ。
はいはい。
知ってますよー。柳原に似てるもんねぇ。
友チャンにも似てるよね。
良い感じで混じってて、アタクシは嬉しゅうございます。
近所の人がさ。
……うん?
「ハルちゃんは貴ちゃんの子」だって噂してたよ。
……ぶっは!!
だ、誰ですか、そんな無責任なことを曰ってるのは!?
ソノダのオクサンが、「そんなことあるわけない」って笑ってた。別の日に。
あー、其田の小母さんねー。
たまーにいい事言うよね、あのおばさん。
基本的に、スピーカー・トーキンではあるけども。
……ほい、終わり。
ありがと。
柳原がこの家に出入りするようになってすぐ、「友則さんに嫁が来た!」って言いふらしてまわってたのあのおばさんだもん。
結果的にそうなったから良かったよーなもんだけどさ。
……ちなみに、アンタが生まれるずっと前のお話だけど?(意地悪く笑う)
(薄横目で貴子を睨め付ける)
……てことは。
アンタもえらい年になってんだねぇ。
………。
そーか、そーだなー。
アタシもいい年だもんねぇ。
そなの?
そなの。
……ねぇ、岳。
ん?
と競争しよう。
競争?
どっちが長生きするか。
……。
いいよ。
ナガイキしたらなにかある?
特にこれと言ってはないけど、アンタが生きてる間はアンタの勝ち。
ご褒美に、毎日美味しいゴハンを上げましょう。
ふーん。
……貴チャンは?
アタシが生きてる間は、アタシも勝ちなの。
ご褒美に、毎日「おはよう」と「おやすみ」を言ってくれると嬉しい。
……わかった。
どっちかが死んだ時点で、勝負は終わり。
いいね。
そういう刹那的なお遊びって。
うん?
……わかんない、か。
ん。
さーて……とー。
(ブラシの毛玉を取り除いて、両手の平で丸く固めるとそれを握ったまま立ち上がる)
アタシは畑の様子でも見てくるよー。
そろそろ真面目に作業してやんないと、ホントにフシアワセな春になっちゃうから。
ぼくここで見てる。
あー、そうしなされ。そうしなされ。
……じゃね。
んー(猫饅頭にあらためてなると、目を瞑る)
(貴子はブラシと毛玉を手に、家の奥へと消える)
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