オリジナル格納庫

ある意味、カオスの巣窟。

あの桜並木の下で 小品集 前期

風呂と猫とオトコとオンナ

風呂と猫とオトコとオンナ 本文

年齢設定……岳(がく) 1歳、秋子(しゅうこ) 24歳、貴子 25歳
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○夜 トーテム2号店 1階・浴室
岩下家別宅(トーテム2号店)の1階にある浴室。
岩下貴子が風呂につかり、一心不乱に歯を磨いている。
風呂の中で歯を磨くのは、貴子の日課のひとつ。
理由は、どうせ風呂の中では他にすることもないし、
風呂から上がって歯磨きすると体が冷えるから。
今日は洗髪をしたらしく、濡れた髪をオールバックにしている。

風呂と脱衣場を隔てている磨りガラスの引き戸は、秋子が使おうと
貴子が使おうと、猫の頭が通るくらいに開けてある。
風呂に入っていると、必ず猫の岳(がく)が中に
入ってくるからである。
そして今日も、いつものごとく、岳が風呂に入ってきて、
浴槽の縁にちょこんと座って、ごきゅごきゅと湯を飲み、
縁の上で猫まんじゅうになって目を閉じる。

貴子は岳が入ってきた時から、彼の存在に気がついており、
歯を磨きながら、じろり、と三白眼で岳の行動を見ている。
歯を磨き終わると、浴槽の縁に渡してあるたたんだ浴槽蓋に
歯磨き道具一式を置いて、壁側の浴槽縁に両肘をかけて、
岳に対峙する。
貴子
……岳さんや。

 

呼ばれた岳は薄く目を開き、貴子のほうをチラ見する。
貴子
時にアンタは、なにゆえに女性が風呂に入っているときに、
そーやっていつもいつも風呂場に、さも当然のよーに入ってくるのかね?

 

……なんで?

 

貴子
質問してるのはアタシなんだけどね(口のはじを上にゆがめて苦笑する)

 

あったかいお湯好きだし。

 

貴子
し?

 

お風呂気持ちいいもん。このもわもわが。

 

貴子
もわもわ? ……ああ、湯気か。

 

ゆげ?

 

貴子
風呂の湯を指さしながら)湯がね、空気に溶けるときにね、
(天井…というか、湯気を指さして)空気との温度差で、白くなるのが、
湯気っつーんだわ。

 

お湯、とける?

 

貴子
厳密に言うと『気体になる』っつーんだけど、ぶっちゃけて言うと、そういうこと。

 

??

 

貴子
お湯が化けてんの。この『もわもわ』は。そう憶えときな(にしし、と笑う)
(至極真面目な顔になり)……で? どういう了見で風呂場に入ってくるのかな?
アンタは。

 

 

貴子
そもそも、女性の風呂を覗くのは、大っ変失礼なことだと、知ってるかね?

 

そなの?

 

貴子
そーなの(にやり、と笑う)

 

なんで?

 

貴子
………(独白:そーきたか)
そもそも、男と女が一緒に風呂に入るという行為は、
その男女がものすごーく親しい間柄でないとやらないことなのだよ、岳くん。
ホレ、アタシを見てごらん。どーなってる?

 

風呂の中を覗きこんで)つるんしてる。

 

貴子
つるん、て……こりゃね、裸っつーんだわ。いつもは服着てるでしょ?

 

うん。

 

貴子
人はね、裸では外を歩けないのだな。

 

なんで?

 

貴子
無防備だから。
……社会通念がなんたらとかもあるけど、すごく単純に言うと、
「無防備で、とても危ないから」かならず服を着て生活してるわけ。
あんだすたん?

 

(首をかしげる猫)
貴チャン、たまに女の人とお風呂入ってるよね? それから2階で……

 

貴子
(岳の口を押さえて)…………。それ、柳原に言うなよ?

 

(前肢で、口をふさいでいる貴子の手を外して)
来る人たち、みんな貴チャンのすごーく親しい間柄の人?

 

貴子
ま、まぁそーゆーコトだな。

 

1回こっきりの人も?

 

貴子
(ちょっと目をそらす)その時はね。

 

ふーん。

 

貴子
ほ、ほら。女ばっかしで、男はいないでしょーが?

 

そだね。

 

貴子
つまりは、そーゆーことなワケだ。

 

(ちょっと考え込む)

 

貴子
そして本題に戻るわけだが。オマエさんの性別はどっちかね?

 

オスって秋子サンから教わった。

 

貴子
そーだろーそーだろー。

 

だから…

 

貴子
うんうん。

 

オトコじゃないよ。

 

貴子
(ずぶり……と湯に沈みかける)オトコもオスも同(おんな)じなんだって。

 

 

貴子
どっちも、別の言葉に置き換えたら「オンタ」とか「ヤロー」とか言うのだ。

 

え。

 

貴子
つまりは、そーゆーこった。
(風呂っ縁にたたずんでいる岳のすぐ側の風呂縁に両手をきれいに並べて置き、
その上に時自分の顎をのせて、岳を目だけで見上げる。三白眼なので目つきが悪い)

 

……ボク、秋子サンに、ひどいことしてた?

 

貴子
さて、どうだろうねー。柳原はのほほんとしてる人だから、
あんがい気にしてないかもしれないよ?
アタシは今(「今」に傍点)ちょこっと気になったから、
アンタに言っただけだし?(にしし、と笑う)
今度訊いてみたら? 柳原に。

 

……うん。そうしてみる(風呂の縁から降りて、とぼとぼと脱衣場に出る)

 

湯気の立ちこめる風呂場に貴子ひとり残される。
貴子
……やばいやばい。岳が見てたなんて。
あんまりココでおイタはできないってコトか。

 

      
濡れた髪をかき上げて、一度肩まで思いっきり浸かり込むと、
反動で浮上する勢いそのままに立ち上がり、風呂から上がる。
○翌々日の夕方 トーテム2号店のレジ付近。
柳原秋子と貴子。
貴子が1号店から運んできたプラモデルの箱たちを、
ふたりで手分けして棚に入れている。
貴子は売り場の棚を担当し、秋子はレジ内の棚に
ガラスの小瓶(シンナーとか接着剤)を入れている。
ふと、思い出したように秋子が顔を上げて貴子に声をかける。
秋子
貴ちゃん。

 

貴子
んぁ?(箱と棚と格闘中)

 

秋子
ちょっと訊きたいことがあるんだけど?

 

貴子
(入りきれなかった最後のひと箱をなんとか棚に収め)

 

秋子
あなた、岳になにか言った?

 

貴子
んー?………いや、コレと言って……。

 

秋子
そぉ?

 

貴子
ぁんで?

 

秋子
いつもお風呂に入ってると、入ってくるじゃない?

 

貴子
岳?

 

秋子
他の誰がいるっていうの?

 

貴子
たまにアタシ。

 

秋子
いつもじゃないでしょ?

 

貴子
まぁね。兄貴が遊び(サバゲー)に泊まり込みで行ったら、風呂点てるの
もったいないしね。

 

秋子
それで別宅(ココ)のお風呂を使うのは分かるけど、一緒に入る必要性は
ないと思うんだけど?

 

貴子
いっぺんに入ったら、さらに節約できると思うんだけど?(口を歪めて苦笑する)
……で? 岳がなに? 話はそっちでしょ?

 

秋子
ああ、そうだった。
岳がね、引き戸の影に来るだけで、入ってこないのよね。

 

貴子
…………。

 

秋子
「来ないの?」って訊いたら、なにか口よどんでるし。

 

貴子
(へらりと、苦笑)

 

秋子

……その顔は、何か知ってるでしょう?

 

貴子
いや、なに。ちょっと、おとといくらいにね……。

 

秋子
なに言ったか、白状しなさい!

 

言いながら、秋子がレジの中から出てくる。
貴子はその剣幕に身の危険を感じて、じり…と下がる。
下がる貴子に秋子がさらに詰め寄る。
秋子
貴ちゃん。

 

貴子
わ……わかった。わかりました。
白状しますっ……て。

 

間。

怒り心頭を通り越して呆れた秋子が、
貴子と対峙している。
貴子は頭にたんこぶ(絆創膏のバッテンでも可)
秋子
あっきれた。子供になんてコト言うの?、この人は。

 

貴子
……すみませんでした。

 

秋子
おおかた、岳の反応が面白いから、ちょっと言ってみただけなんでしょ?

 

貴子
(へらへら~と笑いながら)はい、そのとおりで――

 

「ご!」と貴子の頭に秋子の鉄拳制裁。
秋子
秋子  もー! 信じられないっ!
(2階に向かって声をかける)岳、岳ー。

 

その様子を貴子は「ありゃー、やりすぎたか」と反省しつつ見ている。
2階からは呼ばれた岳が、ほてほてと降りてくる。
秋子、降りてきた岳を抱き上げる。
秋子
岳。貴ちゃんがお風呂で言ったこと、気にしないでいいのよ?

 

……ホント?(小首をかしげて訊く)

 

秋子
秋子  ホント、ホント。
だって、あなたは猫ですもの。

 

…………(岳の顔がムッツリと曇る)

 

秋子
? 岳??

 

(抱かれているのを嫌がるようにして、無言で秋子の腕から降りる)

 

秋子
え? ……岳?

 

ぶー。

 

岳はそのままプイっと2階に上がっていく。
秋子は何が岳の機嫌を損ねたのか分からずに、狼狽する。
その様子を見ていた貴子は苦笑を禁じ得ない。
貴子
……ヘンなところで鈍感だよねぇ、柳原は。

 

秋子
え? ……え? どういうこと?

 

 
貴子
岳も、オトコだってことだよ。オスじゃなくてね。

 

秋子
え? ??

 

貴子
さーて。あの坊ちゃんの機嫌を戻すのは、ちょっと大変そうだねぇ。

 

苦笑する貴子と、訳が分からなくて狼狽する秋子。
レジのガラスケースの上には、まだ収納しきれていない、
小瓶を詰めたケース(12本入り)やパテのチューブたちが雑然と並んでいる。
○トーテム2号店 2階階段上
岳が、2階へ続く階段の一番上で、猫饅頭になり、
半眼になって階下を見ている。
秋子サンの、ばか……。

 

今日も平和である。
(了)
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