オリジナル格納庫

ある意味、カオスの巣窟。

あの桜並木の下で 小品集 中期

蜜柑

蜜柑 本文

ごちそうさまでした。
はい。お粗末さまでした。
あ、オレも手伝うよ。
じゃ、そっちのお皿、よろしくお願いしますね。
ほいきた。任せて。
………。
………。
………。
秋子(しゅうこ)くん。……その……貴子のこと、なんだがね。
はい。何でしょう? 友ちゃん。
何というのか、その……。
ミカン。
――んぁ?
ミカン、剥けましたけど、食べます?
――ああ、ありがとう。
………。
……で? 貴ちゃんが、なんです?
さっきも言いましたけど、今夜はデートですよ。
いや、それは憶えてるよ。
そーじゃなくてね、その……そう貴子。
あいつのね、あのエネルギーはどこから来るんだろうかと、思ってねぇ。
エネルギー?
うん、そう。
店のことやって、会社(柳原)のことやって、アトリエこもって、家のことやって……。
いつも思うんだが、火の玉みたいだよなぁ。
ふふ……。家のことの順位はいちばん下にあるみたいですけどね。
はは……ま、そうだね。……それと……――えと……今、誰かとつき合ってたりするのかな?
ええ。そうみたいですよ。誰か、までは私も知りませんけどね。
そう……か。
今夜は車で出て行ったから、女の人っぽいですけどね。
………。
今更じゃないですか。
それはそうなんだけどね……。
………。
同性がいいっていう感覚は、オレにはわからんなぁ。
まぁまぁ、そんなに頭抱えなくっても。
………。私にだって分からない感覚ですよ? それはね。
そうか、そーだよな、フツーはなー。
何をもってフツーとするか、そこが問題ですけれどね。
………。
貴ちゃん、出がけに「今夜は帰らないかも」って言ってましたけど。
う……うん……。
ここのところずーっと、アトリエのほうに気が行ってるじゃないですか。夕食の片付けが終わったら、すぐに引っ込んで行っちゃって。なにかまた作ってますよ、でーっかいなにかを。
それは別に構わないんだけど、没頭しすぎるんですよね、彼女。……で、それじゃ体に悪いって、引っ張り出されたみたいですよ、今日のデートの相手から。
ほ。
美味いものかなにかで釣られたかな?
たぶん。
「中華、中華~」ってニコニコしながら準備してましたもん。
あー、なるほどねー。
ウチでは絶対に食卓にあがらないですからね。
すみませんね、中華キライで。
うふふふ……。
―――。時に、アイツは寝ているかい?
さぁ?
さぁ。……て。
私は貴ちゃんの保護者じゃありませんから。
だいたい、私が何か言ったところで、聞き入れてくれたりしませんからね、彼女。
それはそうか。
実のお兄さんの言うことすら聞かないんだから、友達ごときの言うことなんて聞くわけないでしょ?
すみません、ふがいない兄で。
ついでに妹の躾も行き届いておりませんです。
ふふふ……。
優先順位がないんですよねぇ。
うん?
彼女の頭の中って。店も会社も何かを創り出すことも恋愛も、すべて横並びなんですよ。
まぁモノ創りだけは微妙に1歩前進しているみたいですけどね、常に。
………。
はい、もう一つどうぞ。ミカン。
ああ、ありがとう。
このミカン、美味いね。
母の実家から送ってくるんです。亡くなってすごく経つんですけど。
ふむ。
祖母が作るこのミカン、私がすごく好きで。
だからね、ずっと。送ってきてくれるんですよ。
それ以外は、柳原の家とは関わり合いを持たない家、なんですけどね。
……甘みが濃いのに、酸味があってさわやかでね。いくらでも入りそうだよ。
はいはい。
何個でも剥きますよー。
貴子はさ
はい。
高校に入ったくらいから扱いづらくなってきたんだけどね。
思春期ですもんね。
本格的にああなったのは、親父が亡くなった頃からだったかな。
お父様が。
父親っ子だったから、ショックが大きかったんだと思う。
オレもまだ若造だったから、店のゴタゴタを、自力でなんとかできるほどの力は持っていない頃だったし。
――まぁ、今でも持ってないけどね、力は。
でも、決断はなさったじゃないですか。
私だったら、頭では分かってても、あれほどの決断はたぶんできないと思います。
買い被らないでくれるかい?
いえいえ、買い被ってなんかいませんよー。ふふふ……。
……。
アイツはさ。
はい。
あいつは、母親を知らないし、実の、血の繋がった家族も知らない。
でも、お父様と友ちゃんっていう、現実の家族がいたし、いるじゃないですか。
いやぁ、そうじゃなくてさ。
母親の温もりみたいのを、無意識に求めているんじゃないかなぁ、と思う時があるんだよ。
母親の……。
だから、恋愛対象に女の人を選ぶのかな、とね。
なるほど。そうかも知れませんね。
………。
………。
寝食削って、時には命すら削って、何かを創り続けることに没頭するのも、あんがい同じものに起因しているのかも。
んー?
モノを創る行為って、生殖行動に似ていると思いません?
ぶはっ!……。
い、いきなりナマめかしい話は勘弁してくれっ、秋子くん。
いえいえ、そういう話じゃなくて。
いわゆる生物(せいぶつ)の生殖行動って、自分を残すコトに繋がっているじゃないですか。
自分を残す?
ええ、厳密には自分と相手、両方を掛け合わせたモノですけど。
血が残っていけば、それは“自分がそこにいた”という証しになると思うんです。
“作品を残す”ってことは、それと同義だな、と私は考えるんですけど?
それは、……「後世に作品が残っていけば」という前提が必要では?
かも知れないけど、残っていくでしょう。貴ちゃんの作品は。
どーかなー? それこそ買い被りだと思うけどなぁ。あははは……。
我々凡人には理解できないモノばかり創っているし。オレにはあのガラクタ達が、その筋では評価が高いなんて、信じられんがねぇ。
……ま、三島氏なんていう物好きもいるから、成り立つ世界なんだろうけど。
………。
友ちゃん。
ん?
お兄さんなんだから、もう少し妹の評価を上げてください。
はははは。分かりました。努力します。
――で。……もう一つ剥いてくれる? ミカン。
ふふふ……。
……はい、どうぞ。
ありがとう。
……うん、美味しいねぇ。
オレはこういうものにこそ、ちゃんとした評価をしたいね。
ありがとうございます。
祖母に、伝えておきますね。
しかしさ。 今はまだ若いから良いだろうけど、今の生活を続けていたら、体を壊すぞ、そのうち。
本人に言ってあげればいいのに。
オレの言う事じゃ、君が相手よりもさらに聞き分けてくれんよ、あの妹は。
そうでしょうかね?
彼女、超が付くファザコンだけど、ブラコンでもあるのに。
ふふ……。
ぶっっ……。
ま、まさか。
さて、どうでしょう。
意地悪だなぁ。
ええ、もちろん。ふふ……。
………。
オレはね、あいつが今のままずっと、ああやって高い熱量のままで突っ走っていくと、長生きできないんじゃないかって。
……まぁ、柄にもなく心配してるんだね。
反対にものすごく長生きするかもしれませんよ?
殺しても死にそうにない雰囲気も持ってるし。
ははははは。
何にせよ、これから先も、生き方を決めるのは貴ちゃん本人なのだし、私たちがここで、ミカンを食べながら心配してても始まりませんよ。
そーだなー。……見守るしか、ない……か。
時々手をさしのべてやれば大丈夫……と思いますけど。
そのうちその必要もなくなるかもしれませんし。
あー。そうであって欲しいなぁ、実の、血の繋がらない兄としては。
そのお兄さんの恋人である私も、そう、思ってますよ。
………。
………。
あー、トコロで、秋子(しゅうこ)くん。
なんでしょう、友則さん。
そ、そろそろ、ですね。
はい。
そろそろ……。そのー……。
はい。
あー……。
はい。
その……敬語をね。改めて。
はい。
い…一応、付き合ってる……んだし。……タメで、会話が……ね。
はい。
できたらなー……って、思うんだけど?
……どう、かな?
ワンモアプリーズ。
そ、そろそろ、その敬語を止めて、タメ口で、会話ができたら、オレは嬉しいです。
……。
じゃ、友ちゃんも、私のことを呼び捨てに、してくれます?
あ"……う……。
ね。
えと……。
じゃないと、フェアじゃないでしょう?
あー……あー、あー…そーだねぇ……。
ね?
……あー、……じゃぁ……。
はい。どうぞ。
イヤ、待って。正座しないで下さい。
じゃ、足崩します。
さ、どうぞ。
……しゅ……。
ん?
しゅー……しゅー……。
はい?
秋……子、く……
のー(NO)のーのーのーのーのー。
………。
秋・子。
はいっ。
……ミカン、もう一個食べる?
……頂きま―――
ただいま。
――って、なにしてんの?
貴……ッッ!!
あら、貴ちゃん♪
……貴子。お前、今晩泊まってくるんじゃなかったのか?
あ"ー?
……だぁって、タローまで来てんだもん。
子守タイムに突入する前に、とっとと帰ってきた。
あら、カホリさんだったのね、今日のデート相手。
デートじゃなくて、食事ー。
むこうもハナからそのつもりでしょ。ムスコ連れてくんだもん。
……ったく、カホリさんには敵わないよ。
母は強し、だからねー。
貴子、お前ー。人妻まで手を出してるのか……。
……人妻じゃないわよ。
ちゃんとシングルだって。子持ちではあるけど。
……あ、そうですか。
というワケで、お邪魔虫は引っ込みます。
では、ごゆっくりね。
あ、貴ちゃ……。
心配しなくても、今日は寝るから。
じゃないと、カホリさんのお節介が無駄になるっしょ。
……ああ、今夜は2号店(あっちの家)に行くから。
猫(岳)に朝、エサやっとくし。
いや、待て、貴……。
じゃね。
おやすー。
………。
………。
ヘンなところで気ィ使いなんだから。
まったく。
心配してるのは、私たちだけじゃないってことね。
……いい友達もってるじゃない。ふふふ……。
カホリ……って。
貴ちゃんの恋人。元、だけど。
元。
そう、元。
今は、親友づきあい。
そう……か。
貴ちゃんも分かってるみたい。
誰が自分の心配をしてくれてるかってことを。……たぶん、ね。
……うむ。そのようだね。
友ちゃん。ミカン。
ん?
皮、パリパリになっちゃうわよ、そろそろ食べないと。
あ、ああ。そうだった。
………。
うん。何度も言うけど、美味い。
ふふふ……。
そのうち、さ。
ん?
ふたりで、いや、貴子も一緒に、3人で行かないか?
君が良かったら、その……。
……お祖母さんのところに。
ちゃんと、ご挨拶しないとなー。
……美味しいミカン、ありがとうございますって。
………ばか。
はい?
ばか。
はい。
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