ERAMINAN

強いて言うならば、それは、ライフワーク。

サウス=ニザムの紅い疾風《とり》 :: ―ERAMINAN―

episode02 サリー=レディア・バーズ 

episode02 サリー=レディア・バーズ 本文

1景

○朝、大きな一本道
朝日の昇る中、第8混成中隊第10小隊のトレーラーが走っている。
○同、トレーラーの中
ソニアが運転している。
ナビシートにはアルファが窓を開けて居眠りを、
後部座席ではレトラとマックスが寝コケている。

ソニアの視線 はるか彼方に、目的地であるマザーベースのある街が
広がり始める。
ソニア、安堵のため息を一つ。そして横のアルファを右手で揺り起こす。
ソニア
アルファ。アルファ、そろそろだぞ。

 

アルファ目覚める。
大きく外へ向かって伸びをし(「おはようございます」)、
自分の腕時計(左手首)を見る。
現在の時刻は 5:30AMごろ。
アルファ
意外に時間をくいましたね(やや驚いている)

 

ソニア
(平然と)ちょっと遠回りをしたからな。

 

アルファ
……?……

 

ソニア
アルファをちらりと見て)後ろのお嬢さんがたの正式な辞令書《コミッションペーパー》が、今日の朝イチで届くことになっているんだよ。
(相変わらず後ろの二人は寝コケている)

 

アルファ
(納得した顔で)小隊長《サリー少尉》……ですか?

 

ソニア
うむ……辞令書を見たら渋——————い顔をするだろうがね。

 

アルファ
(苦笑)しゃーないっすよね。

 

○同、トレーラーの外
いつの間にか道路脇の平原からは草が消え、
礫砂《れきさ》の混じったステップ風の大地が広がっている。
太陽は今や完全にその姿を現している。
○同、トレーラーの中
ソニア、アルファどちらともなく、ぐ~~~~~~と腹の虫が鳴る。
ソニア
(にやりと笑い)そろそろ腹ごしらえをしようか。
アルファ、後ろの二人を起こしてくれ。

 

アルファ
へいへい(はーと)

 

トレーラーが静かに停止する。
アルファはそれから後ろを向いた(でないと、とたんに車酔いするから) 後部座席では相変わらずレトラとマックスが寝コケている。
レトラはシートの上に丸くなって、
マックスはそんなレトラを枕に大の字になって……。
その様子にアルファは度肝を抜かれたようだ。
アルファ
愉快そうに)こいつら神経太《ふっと》いなー。
今から『地獄の一丁目』に行くかもしれないってのに。
(ソニアの方を向き直って)ね、軍曹。

 

ソニア
(苦笑しながら)……そうだな……。

 

タイトル

トビラ EARAMINAN 『サウス=ニザム紅《あか》い疾風《とり》
               ~RED SOGNA in the South Nit-Zam~』

episode02 サリー=レディア・バーズ

2景

○第12特別機動大隊 本部基地内
レトラとマックスのいた機動兵学校《アームドスクール》とは
まったく違った風景が広がっている。

(※蛇足的に説明すれば、広大な第5機動師団・第2連隊の敷地の中に 第11~15までの5大隊と、第5~6航空(輸送)団が点在している。
第12機動大隊と第6航空団は、航空団の滑走路を境に隣接している。
ちなみに第11~13大隊(特別機動)は、女性ONLYの集団であり、 14、15大隊(歩兵)は男性のみの構成になっている。

航空団は約8割が男性で、残り2割を占める女性兵は、 管制・技術(整備)・通信等、後方支援勤務要員である。
…以上が第5機動師団・第2連隊の大まかな構成であり、むろん陸戦隊は 戦車隊だけでなく、歩兵大隊(第14・15)も存在している。
この歩兵大隊にもPSは配備されているが、大規模なPSのみので構成された大隊は 他の連隊に存在している。

敷地のほぼ中央部に建っている連隊本部には、 師団本部から派遣されてきたお飾りの連隊長(大佐)以下幕僚が 住みついており、大隊の兵たちからはおおむね嫌われているが、 さすがに大隊長・副大隊長ら高級幹部たちは遠巻きにするわけにも いかないので、午前中は連隊本部で、午後からは大隊本部で執務に 励んでいるようである。
最後に、各大隊長は中佐、航空団長は少佐がその任に就いている。
つまり、航空団の規模はあまり大きくなく大隊の付属的部隊の意味が大きい)

○同、第8混成中隊・第9小隊長室、内
  
サリー
ソニア軍曹、これはどーゆーコトだね?

 

サリー・レディア・バーズ少尉が 書類越しにイキナリ問う。
それに対し、ソニアは平然としているが、新兵二人は一抹の不安を隠しきれない。
ソニア
どーゆーコトとは……?

 

サリー
(苦い顔で)私はすぐ昇格して前線にでられる二年兵を希望していたはずだが?

 

ソニア
二年兵にこだわって、すぐに戦死者《ホトケさん》になられちゃ、
意味がないと判断しましたので。

 

サリー
……まぁ……君の分隊員だから……
……××××(ごにょごにょと口の中で何かつぶやいている)

 

ソニア
(平然と)責任はすべて私が持ちますので。

 

サリー
(いったん書類に目をやり)一年兵《ヒヨコ》ねぇ……。
軍曹、我が軍《ウチ》はそんなに人材不足なのか?

 

この台詞にマックスはちょっと機嫌を悪くする。
ソニア
まぁ、ぶっちゃけた話、来期の新兵に関しては、期待薄ですね。

 

サリー
うーん………(イスに座る)

 

ソニア
少尉

 

サリー
(頭をかき回している)………。

 

ソニア
サリー=L《レディア》・バーズ少尉。

 

サリー
(上目遣いに、ソニアのチラッと見る)

 

ソニア
(レトラとマックスに椅子を勧めながら)これは先行投資ですよ
(自分も椅子に座る)それも、かなり優良株のね。
ピロット大尉《中隊長》も『なるべく早いうちに昇格できるよう手配する』と
おっしゃってましたし。

 

サリー
ピロット大尉も食えない人間《ヒト》だからなぁ——
(と、大尉の、にっこりと笑う顔を思い浮かべる)

 

ソニア
それ以前に……(このセリフはサリーに被せる)
レッド・バーズ《ウチの》小隊は、ちょっと働きすぎですよ。
(至極真面目な顔で)ここらで少し、休みを取らないとね。

 

サリー
うーん……
それは分かってんだけどォ~~~……

 

ソニア
(何か念を押すような感じで)少・尉。

 

サリー
(はっとして取りつくろう)あ————~~~~~わかった。わかった。
(イリイリと不機嫌な顔で呟く)辞令は正式に降りている。私が今更どうこう言っても始まらん。
(立ち上がり、ソニアに向き直って)ソニア軍曹。

 

ソニア
(立ち上がって姿勢を正す)はっ!

 

サリー
マクソン三等兵、セット三等兵の編入を許可する。
新兵の教育は君に一任する。

 

ソニア
はっ(敬礼)

 

サリー
それから2時間後、第5演習場に小隊集合だ。
簡単なフォメーションの訓練を行う。
それまでにせめて走れるようにしておいてくれよ。
以上だ、下がってよろしい。

 

○第8混成中隊 建物 廊下
ソニアたち3人が歩いてくる。
マックスは機嫌が悪く、レトラは「どーしたものか」という表情。
ソニアは相変わらず平然としている。
レトラ
(おずおずと)あの…軍曹どの…。

 

ソニア
同じ小隊の「家族」だ。『どの』はいらんよ。(「だが、ヨソの上官には別だぞ」)

 

レトラ
あの…小隊長どのは私たちを歓迎してないんでしょうか?

 

レトラ
ん…? ああ、気にしなくていい。
小隊長は明日からの中隊作戦《ピクニック》に参加できなくなったんで、
イライラしてるのさ。だれでも「お留守番」はキライだろう?

 

レトラ
(くす…と笑う)ええ、まぁ。

 

ソニア
上級生(兵学校での二年兵)をつれて帰ってきても、訓練やなんやかやで
作戦には参加できなかったろうから、おまえたちが気に病むことはないさ。

 

レトラ
はい。

 

マックス
……(やや怒っている)

 

○第9小隊小隊員室・扉前
扉(この扉と部屋については別紙参照のこと)の上に『第9小隊』の札。
扉には『RED BIRDS』のらくがき(どうやらこのらくがきはアルファが書いたらしい)扉はもちろん開いている。
ソニア
ここが我々の部屋だ。…荷物をおいたら、連中(中にたむろっている隊員の示しながら)との顔合わせも兼ねてすぐに訓練だ。
(部屋の中に向かって)アルファ。

 

中にはローヴァー以外の5人がいる。
ソニアの声にみんなこっちを向く。
アルファ
はい。

 

ソニア
こいつらを頼む。20分後に第5演習場だ。
ジルヴィ、03号機を出しておいてくれ。

 

Ap
はい

 

レトラとマックス、アルファにうながされて部屋に入り、
入れ替わりにApが出ていく。
(ソニアに)姐《アネ》さん

 

振り向くと、バサバサのの黒髪を後ろで一括りにし、 ヘッドバンドで前髪を上げた女が後ろの壁により掛かって立っている。
タバコに火をつける。きわめて厳しい表情。
ソニアに近づく。
ソニア
や、伍長《ローヴァー》(にッと笑う)

 

ローヴァー
(煙を乱暴に吐き出して)機動兵学校《スクール》でなにがあったんです?

 

ソニア
(愉快そうに)そんなにひどいか?

 

ローヴァー
ひどいなんてもんじゃないですよ。
足ヅメは壊れている。右膝の腱はのびきってるし、
Rシステム《アレ》を使った形跡もあるし、
拳《フィスト》カバーとシールドに新しい傷が。
…白兵戦でもやったんですかい?

 

ソニア
うむ。まさか……だったけどね。

 

ローヴァー
(にや、と口をゆがめて)へーぇ。
で、そのチャレンジャーはどっちですか?

 

ソニア
黒髪のほうだ。

 

ローヴァー
ほう……(意外そうに)じゃ、メカニックはピンク頭の方ですか?

 

ソニア
うむ。アレを見破られた

 

ローヴァー
……。

 

ソニア
不満か?

 

ローヴァー
……いえ、姐さんのお眼鏡にかなったなら、間違いはないでしょうが。
しかし、ちとデカすぎやしませんかね?
(「メカニックはコンパクトになれる方が何かと便利ですよ」)

 

ソニア
(メカニックとしての)腕も(身長の)高さも一種の才能だからな。

 

ローヴァー
ええ、まぁそうなんで……す……

 

そのとき部屋から、アルファに連れられてレトラとマックスが
駆け足で出てくる。
すれ違いざまに、二人の階級章がローヴァーの目に飛び込む。
ローヴァー
あ……姐さんっっ!!(大汗) あいつらヒヨコじゃないですか!!

 

ソニア
ああ、一年兵だったのを頼み込んで、無理矢理二年兵待遇にしてもらったんだ(悪びれず、どちらかというと楽しそうに言う)

 

ローヴァー
……あいつら、本当に使い物になるんですかい?

 

ソニア
うん、君たちの協力にかかっているよ。

 

ローヴァー
……(絶句)

 

○同、廊下 レトラとマックス、そしてアルファ。
マックス
……なんか後ろのほうで すごい悪口言われたような気がする…(怒)

 

レトラ
……わたしも……(汗)

 

アルファ
(独白)すっげー地獄耳(苦笑)

 

間。
○第8混成中隊 中隊長室前廊下
サリーが、中隊長室から書類を持って出てくる。
サリー
(室内に敬礼しながら)失礼いたします。

 

ドアを静かに閉める。
ため息つきつつ一歩踏み出すサリー。
それを呼び止める影がひとつ。
景気が悪そうだなァ、バーズ少尉。

 

サリー頭を上げる。すでにけわしい顔。
サリー
サブリナ・バリー……(怒)

 

サリーの斜め後ろに声の主、サブリナ・バリー少尉が立っている。
髪と目は黒。体格はサリーに比べてはるかに小さい(身長158cm。サリーは173cm)
サブリナの後ろにはケリー曹長とクリス兵長が書類を持って控えている。

サリー、クリスをちらと見る。
クリスは微笑んでいるが、ちょっと困った顔。
ケリーは「これはまずいかも」という表情。
サブリナはすでに臨戦態勢にある。
サブリナ
あんたにフルネームで呼ばれる筋合いはないね。
ところで、やっと補充がきたんだって? 
機動兵学校《スクール》の二年兵を3期途中から引き抜くなんて、
さぞかし優秀なヒヨコちゃんなんだろな?(にやにや)

 

(※補足説明 : この国の軍隊の各種学校では1年(10ヶ月・211日)を5期…つまり2ヶ月単位…に分けて訓練カリキュラムを組んでいる。
 各期ごとに筆記・実技の各種試験があり、それにパスしないと次のカリキュラムに進むことができずに放校処分(歩兵科に戻るかもしくは兵役解除)になるが、慢性的な兵員不足が深刻な問題になっている現在、これは完全に建前になっている。
 次のカリキュラムを受けながら数十時間の特別補講と追試を受けて無事クリアすれば、そのまま兵役続行となる。もし3回目の追試を パスできなかった場合には、残念だが「不適格者」として放校処分が待っている。
 ちなみにレトラとマックスの成績傾向だが、レトラは理論先行型、マックスは実技先行型で得手不得手が偏りすぎているため、両者とも総合成績は平均よりやや下…というところである)
サリー
……。

 

サブリナ
そんなに気取るなよ。なにもお前さんトコの「秘密兵器」ってわけでもないだろに。

 

サリー
確かにそんないいもんじゃないよ、まだ世間知らずだからな(肩すくめ)
いっときはお手柔らかに願いたいもんだね。

 

サブリナ
ふーん。……で、作戦参加はいつからだい?

 

サブリナ
(渋い顔)……まだ未定だ。

 

サブリナ
(鬼の首を取ったように)はー!? あっきれた。
まだのらくらするつもりかい。ずいぶん長い休暇だな。
よく中隊長が許してるもんだ。それともお前さん……
(サリーの間近で)ピロット大尉《中隊長》とイイ仲にでもなったか?
(サブリナの声は低いが、この場にいる全員には聞こえた)

 

サリー
!!

 

ケリー&クリス
!!(それぞれがそれぞれ様に、「さすがにそれはまずいだろ」という表情)

 

突然サブリナに衝撃。
サリーが飛びかかり、その胸ぐらをつかんでそのまま壁に押しつけた。
サリー
貴様……言っていいことと悪いことだあるぞ……(今にも相手を殺しそうな表情)

 

ギリギリとサブリナを締め上げるサリー。
締め上げられながらも、サブリナはサリーの腹に蹴りを入れる。
サリーがひるんだ隙にその顔にパンチ一発。
サリー、口から血を流しながらもサブリナにパンチ。
ケリーとクリス、止めるタイミングを失って狼狽している。
そこへジル・スピッチコック軍曹が鼻歌交じりに書類を抱えてやってくる。
自分の上司とよその小隊長が殴り合いをしているのを発見して 文字通り飛び上がり、即座に書類を床に置くと駆け寄ってきた。
ジル
(ケリーとクリスに)なにをしているんだお前たち。
はやく二人を分けろ!!

 

クリス
は……

 

ケリー
……し、しかし

 

ジル
いいから 早く! ここをどこだと思っている!!(「泣く子も黙る中隊長室前だぞ」)
ケリー、第8小隊《ウチの》オヤジを押さえろ! クリスはバーズ少尉だ!

 

(補足:サブリナは女性だが第8小隊の隊長なので、  隊員たちから慣例的に「オヤジ」と呼ばれているだけである。
 サリーも同様に第9小隊員からこう呼ばれることが多い。
 対して先任下士官…第2分隊長(軍曹や曹長がその任に当たっている)…は
 「オフクロ」と呼ばれる)
ケリー&クリス
はいっ(二人に飛びかかる)

 

間。
○中隊長室内 ピロット、ワトソン。そしてキャンソン。
外からなにやらドスンドスンと騒ぎが漏れ聞こえている。
書類を整理している隻眼のワトソン曹長がその様子に気が付いて顔を上げ、上司であるピロット大尉の方に顔を転じて、あきれ顔に……
ワトソン
……。どーします? ピロット大尉 (「止めますか?」)

 

ピロット
……ほっときなさい(「まったく、あいつらわ~~~・怒」)
いちいち相手にしてたら、始末書が天井まで積み上がっちゃうわよ。

 

○戸外 第5教練場
サリー以外の全員が集合している。
マックスはPSのコックピットに、後部ナビシートにはレトラ。
第9小隊のPS-03号機は最新式のアラミス型。まだ迷彩塗装も施してなく、 中隊マーク・小隊マークすら入っていない。
背部のバックブースターに大きく『9』の文字が書かれ、 ほとんど新品同様に見える。
ソニアが小型の拡声器でPS内の二人に指示を出している。
他の連中はローヴァー以外はお祭り気分である。
ソニア
じゃぁ新人のお手並み拝見といこうか。
機動兵学校《スクール》御用達のアラミス型だ。
今さら説明しなくてもわかるだろう? とりあえず教練場を一周してきてくれ。
ああ、一つだけ注意しておく。
ちょいといじってるからスクールのよりパワーが高くなってる。
それだけ気をつけてくれ。

 

○PS 前部コックピット内
マックス
向かって右側にある内部モニターに向かって)……だってさ、どーする?

 

○同 後部ナビシート内
レトラ
(同上)とりあえず足踏みしてどんな具合か確かめてみたら?

 

マックス
(モニター音声で)そーする。

 

○第5教練場
ソニア
では、出発!

 

PS-03号機、その場でゆっくりと右足をあげ、地面におろす。
同様に左足も。そしてギチョギチョと足踏みする。
この動作にソニアとローヴァー以外の者は感嘆のため息をもらす。
スエラなどは「慎重だね」などと感心している。
それに反し、ソニアは「予定の行動」と言わんばかりの顔でPSを見守り、 ローヴァーはいわくありげに「にやり」と口の端だけで笑う。
○PSコックピット内
マックス
なんだ、軍曹が言ってるほどパワーないじゃん。

 

レトラ
(各種モニタメーターを見ながら)
そうね、大丈夫そう。 じゃ、行きましょうか。

 

マックス
では、「新人の実力」をお見せしましょうかね。
いざ!

 

「ぐっ」っとフットバーを踏み込んでPSを走らせようとする。
○第5教練場
……と、突然エンジンのトルクが急激に上昇し、 空気を揺るがすようなアイドリング音が教練場に響く。
クラッチが落ち、ギアがきちんとつながらない。
耳障りな音ともに大きくノッキングし、 PSはバランスを崩して無様に倒れる。
マックス
(スピーカー音声)ぎゃふっ!!

 

レトラ
(同)ぎゃ!!

 

一同「どっ」っと沸く。予想したとおりになったからである。
たいていの新兵はこのPS-03号機を初めて操縦するとコケるのである。
アルファなどは腹を抱えて笑い転げている。
かつての自分がそうだったのも忘れて。
ローヴァーは「ほら、やっぱり」と頭をかき、
ソニアは「まぁこんなもんか」といったところ。
ソニア
(手だけで何か指示する)

 

アルファ
へいへい~~♪

 

ソニア、ローヴァー以外の者が、ソニアの指示と同時に、転倒している PSに向かって走り出す。アルファだけはみんなと別方向に走り、 クレーンを積んである大型のブレンガンキャリアーに飛び乗る。
それが「ばびぅん」と現場に到着したときには、 すでにワイヤーを両脇と背部の引き揚げ用ラッチに引っかけられ、 つり上げ準備は完了している。
アルファ
(外部マイクに向かって)おーい大丈夫かぁ?(くつくつと笑っている)

 

○PS内部 レトラ、マックス
二人とも、ちゃんとロールバーを下げているのにシートからずり落ち、
天地が完全に逆さまになっている。
マックス
レトラ
あいたたたたた………

 

マックス
……なにが起こったんだ? いったい……。

 

レトラ
(なぜか苦笑しながら)……低速のトルクが異常に高いんだわ、このPS(汗)

 

マックス
足踏みの時、なんともなかったじゃん……

 

レトラ
……どーゆー仕掛けになってるのかしらね、ホント(あはあはあは、と笑っている)

 

『がこん』と鈍い音が響く。
○第5教練場 PS周囲
全員が見守る中、PSはゆっくりとクレーンに吊り上げられていく。
アルファ
マックス、足を立ててやってくれ。

 

マックス
(スピーカー音声)りょーかいしましたぁ

 

アルファ
(他の連中の方へ)ふてくされてやがる(笑)

 

Apほか、肩をすくめる。
○同 ソニア
ソニア
(拡声器片手に)どうだ、ヒヨッコ。これであきらめるか?

 

ローヴァー
あきらめて兵学校《ガッコ》に戻った方がいいんでねェの?(いしし、と笑う)

 

○PS内部 マックス
ローヴァーの声までしっかりとモニターされている。
怒るマックス。
マックス
いーや、まだいけます(「ざけんじゃねーぞ」)

 

○第5教練場 ソニア
 
ソニア
よーし、その意気だ(アルファたち、にこにこしている)
だったらもう少し転んでもらおうかな。
ではみんな、こいつらが今日中に一周できるかどうか賭けようじゃないか(笑)

 

全員この提案に乗る。リタイア組の方が多い。
マックスはさらに頭に血が上る。
○PS内部 マックス
 
マックス
ぎぃー…人をオモチャにしやがってぇ。
みてろー。

 

レトラ
ちょ、ちょっとマックス、もっと冷静——…

 

マックス
行きます!! (思いっきりフットレバーを踏み込む)

 

○第5教練場 PS-03号機
またもやPSはバランスを崩して大転倒。
マックス
(スピーカー)だあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……

 

レトラ
(同上)きゃぁぁぁぁぁぁぁ……

 

間。
○同、数十分後
 
ヒヨコたちの様子はどうだい? 軍曹。

 

ソニアが声の方を振り向くと、そこには憮然としたサリーが立っている。
痛々しいほど腫れあがった顔を見て、さすがのソニアもちょっと驚く。
ソニア
……少尉。…なにがあったんです? 中隊長室で。

 

サリー
(憮然と)……べつに……中隊長室であったわけじゃない。

 

ソニア
(顔を寄せ、小声で)またサブリナとやりあったのか?

 

サリー
……(ふてくされた顔で)

 

ソニア
(肩をすくめ、普通の声で)さて、これは困りましたねぇ。

 

ソニアの声にローヴァーが振り向く。
……が、転倒音が聞こえてまたPSの方に注意が向く。
彼女は彼女で気が気ではない。
なにしろ壊れたPSは彼女が修理しなければならないのだから。
サリー
それよりもヒヨコた——(あきらかに話をそらしている)

 

ソニア
見ての通りです。

 

相変わらずレトラとマックスの乗ったPSは転倒を繰り返している。
サリー
——そのようだ。
……期待の新人ねぇ……(半ば呆れて)

 

ソニア
1時間ほどで5セスタ(約11m)は走れるようになりましたよ(笑)

 

サリー
……。
休憩は?

 

ソニア
いいえぇ。とりあえず一周できるまではコクピットから降りないと言い張るんで、 そのままにしています(「うーん、昔の誰かを見ているようですねぇ」)

 

サリー
……(汗・赤面)
大丈夫か?

 

ソニア
大丈夫でしょう。

 

サリー
(ため息)根性と体力だけは一人前以上だな(にや…と笑う)
1時間後の小隊集合だが……そうだな、第1分隊だけでいい。
第2分隊はそのまま訓練を続けてくれ(踵を返す)

 

ソニア
了解《イエス・マム》
……ありがとうございます。少尉(にっこりと笑みを浮かべる)

 

大音響とともにPS-03号機、転倒する。
サリー
(肩越しにソニアを見て)期待してますよ、軍曹v

 

そう言うと、サリーはソニアに向かってウィンクした。
○夜 第12大隊 食堂
 
マックス
だぁぁぁぁ……。しんど————————…い・汗

 

レトラ
ふにゃ~~~~。

 

食事を取りに行く気力もなく、テーブルに倒れ込んでいるレトラとマックス。
そこに、夕食を乗せたトレーが天から降ってくる。
アルファ
ほーれ、お待たせ。さっきも言ったけど今日だけだからな、こんなサービスは。

 

レトラ
ありがとうございます。アルファさん。

 

アルファ
よせやい。「アルファ」でいいよ。肩凝るから敬語もなし。

 

ティフ
そうそう。どーせあたしらは一番下っぴぃのヘータイなんだからさ。
敬語なんて使うのは下士官からでいいの。
さ、冷めないうちに食ーべよっ♪

 

マックス、さっきからじっと夕食を見つめている。
レトラ
………。

 

Ap
どうしたのさ?

 

マックス
いやぁ、なんかずいぶんゴーカな食事だなぁ…って。

 

一同「どっ」とわく。
Ap
そりゃぁね、モノになるかどうかわかんない半人前にはねぇ…。

 

ラフ
これが、一人前のヘータイになったって証拠だよぉ(にこにこと言う)

 

ティフ
変なことに感心してないで食べなよ、マックス。

 

レトラとマックス、お互いの顔をちらりと見てから食べはじめる。
そこへローヴァーがみんなよりもやや遅れて席につくが、 そんな二人の行動がちょっと気にかかったようだ。
しかし平然と食べはじめたので、誰もローヴァーの動向に気づかない。
アルファ
しっかし、よく頑張ったなぁ、二人とも。

 

ティフ
そうだね。えらいえらい。

 

Ap
初日であれだけ頑張ったのは、アルファ以来じゃないか?

 

スエラ
そうね。

 

ティフ
(アルファに向かって)ねぇ、今日この後のスケジュールは?

 

ローヴァー
あとは風呂に入ってお休みなさい…だ。ミーティングは明日の朝やるとさ。
二人とも特に今日は、風呂に入ったら よーっくマッサージしときな。
明日動けないじゃ話になんないからね。
アルファ、お前さん監督官なんだから、しっかり世話焼くんだね。

 

アルファ
(肩をすくめながら)へーい。(他のみんなに目配せする)

 

○就寝前、第9小隊小隊宿舎 タコ部屋
マックス、メイクした自分のベッドに体を投げ出している。
レトラはまだベッドメイクの途中。
他の連中は手際よくさっさとベッドメイクを済ませてサロンで遊んでいるようだ。宿舎の中には二人以外誰もいない。
そこへラフが入ってくる。
ラフ
(ほよーんとした感じで)レトラぁ、少尉が呼んでるよォ「私室に来い」って。

 

レトラ
あ、はい。

 

ラフ
じゃ、伝えたね。あたしらは談話室《サロン》で賭けカードやってるから、
用が済んだらおいでよ。ね。

 

ラフ、ほよよーんと去る。
レトラとマックス、互いに見合う。
レトラ
……。
なんだろ?

 

マックス
さぁ?(肩をすくめる)…とりあえず行って来たら?
早く行かないとうるさいだろうし。

 

レトラ
(立つ)あなたはどうするの?

 

マックス
あたしは賭けカードとやらを見物しに行って来るよ。
ラファエロが言ったようにレトラも後で来れば?

 

レトラ
うん、そうする。

 

間。
○士官専用独身宿舎 サリーの私室 ドアの前
独身士官用の宿舎は尉官用が三階建てで、二階までは満室だが、 三階だけはあぶれたサリーひとりしか住んでおらず、奇妙な静けさが漂っている。
ちなみにサブリナは二階の角部屋に住んでいる。
レトラはちょっと気後れしつつも、初めての空間に好奇心を隠せない。
レトラ
(呼び鈴を押す)レトラ・セット、参りました。

 

声(サリー)
どうぞー。カギは開いてるよ。

 

レトラ
失礼します(ドアを開く)

 

○同、室内
レトラがおずおずと入っていくと、中には短い廊下があり、 廊下の両脇にはトイレとバスルームのドアが控えている。
その先にはかなり広い、一見してだだっ広いワンルームが存在しているが、 実は奥には納戸を改造した秘密の小部屋がある。
しかしレトラの目に飛びこんできたものは、書類が山と積まれた フィールドデスクと書類棚、人を迎えるためのソファだけで、 やり手軍人のそれらしく、簡素な全く女っ気のない部屋である。
サリー
消灯時間の直前にすまない。消灯に遅れたら、連絡を入れておくから。

 

サリー、慣れた手つきで片手にカップをふたつ持ち、 サーバーからコーヒーを注ぎ入れている。レトラにその一つを渡す。
サリー
とりあえず、新人か来たらこうやって個人的に話をするのを
慣例としているんだ。

 

レトラ
(受け取りながら)そうでしたか(ほっと肩の力を抜く)

 

サリー
小隊は家族みたいなものだからね。

 

レトラ
…ええ、機動兵学校《スクール》でもそう習いました。
だから、訓練小隊ではみんな仲良かったんですが…。

 

サリー
みんなと別れて寂しいかい?

 

レトラ
まだ…わかりません。でも、マックスと一緒だから、そうでもないかも。

 

サリー
(口だけで笑う)

 

○第9小隊 小隊宿舎 タコ部屋。消灯5分前
消灯前の点呼が行われている。
ローヴァー
全員揃っているかい?(見回して)

おい、レトラはどうした?

 

ラフ
小隊長に呼ばれてますぅ。

 

ローヴァー
そうかい……じゃ、しかたないねぇ(手元の名簿に印を付ける)
他に問題はないね。新人がいるからって、はしゃいで夜更かしするんじゃないよ (たぶんマックスは、このセリフを聞きながら、子供かよ…と、内心突っ込んでいるに違いない)
……では、おやすみ。

 

全員
おやすみなさーい。

 

ローヴァーは自室に入るがまだ仕事は終わっていない。
二、三の書類に目を通し、書き物をしていると、 向かいのソニアの部屋の外扉が閉まる音がした。
ローヴァーは音もなく自室を出ると、ソニアの部屋の内ドアを 軽くノックして返事を待たずに滑り込む。
○同 ソニア個室
 
ローヴァー
(バインダーを渡しながら)消灯点呼しときました。
とりあえず異常ありません。

 

ソニア
(受け取って目を通しながら)とりあえず…とはどういう意味だ?

 

ローヴァー
レトラが在室していません。少尉に呼ばれているとか。

 

ソニア
……。
誰の報告だ?

 

ローヴァー
ラフです。

 

ソニア
ラフ? アルファじゃないのか?

 

ローヴァー
はい。

 

ソニア
……。

 

ローヴァー
……(「アレ? もしかして…」とやや青い顔)

 

ソニア
……まずいかもしれん。(ぼそりと呟く)
ローヴァー、ラフを起こせ。他に気づかれないように。

 

ローヴァー
は……はい!(完全に青ざめている)

 

二人、音もなく部屋を出る。
○同 タコ部屋 ラファエロのベッド。
 
ローヴァー
(小声で)ラフ、おい、ラフ。

 

ローヴァー、かなり強くラファエロを揺さぶるが
寝入りのいいラファエロは完全に寝とぼけていて起きない。
ローヴァー
ダメです。ラフの奴、完全に寝入ってます。

 

ソニア
一度完全に寝入ったら、間近に迫撃砲が落ちても起きない奴だからな(汗)

 

どうしました?軍曹

 

声の主はアルファ
ソニア
アルファか? レトラが少尉に呼ばれているそうだが?

 

アルファ
ええ、そうらしいっすね。

 

ソニア
どっちにに呼ばれているか知らんか?

 

アルファ
いえ…あたしは……(ぎょっとして)まさ…か。

 

ソニア
そのまさか かもしれんさ。

 

あの~~……。

 

声の主はマックス。
ローヴァー
どうした? マックス。

 

マックス
レトラ、私室の方に呼ばれたみたいなんですけど……。

 

ソニア
確かか?

 

マックス
ええ、ラファエロが伝えに来たとき、あたしも一緒にいたから。
聞き間違えじゃなかったら私室の方です。

 

ローヴァー、アルファと顔を見合わせるソニア。
そして意を決したように。
ソニア
マックス、目が覚めているなら私と一緒に来い!
ローヴァー、アルファ。 すまんがジルヴィを起こして
少尉の官舎によこしてくれ。大至急だ。
私らは先行して現場に向かう。あとの者は待機。
騒ぎを大きくしたくない。
行くぞ、マックス。

 

マックス
え? …は、はいっ

 

疾風のように宿舎を飛び出していくソニア。
マックスもそれを追って部屋を飛び出していった。
上着を引っかけながら。
○士官用独身宿舎 サリーの私室
サリーとレトラ、談笑している。
サリー
……では、マックスとは幼なじみってわけか。

 

レトラ
そうですね。どちらかというと姉妹みたいなものかもしれません。
彼女の両親が亡くなってからは、ずっと私の家にいましたから。

 

サリー
君のご両親は?

 

レトラ
父は、私が小さい時に亡くなりました。

 

サリー
……そうか…。だったら君とマックスが志願して、
お母さんは寂しがっただろう?

 

レトラ
いえ、その母も数年前に亡くなりましたから。

 

サリー
……。

 

レトラ
あ……、でも大丈夫ですよ。お互いにフォローしあってきましたから。
だから…

 

サリー
……。

 

レトラ
なるべく離れたくないんです。私、マックスと。

 

サリー
わかった…(小さな溜息)
なるべくそのように計らおう。

 

レトラ
……え?

 

サリー
いや、なんでもないよ。
ところで、不躾だが訊いてもいいかい?

 

レトラ
なんでしょう?

 

サリー
いや、君のその肌と髪と、瞳の色がとても珍しいんでね。
どこの出身かと思って。
髪は、染めているわけではないのだろう?

 

レトラ
ええ……生まれつきです。母もこの色でしたし……でも、
もう少し赤っぽかったかな?

 

○第8中隊 中隊宿舎 廊下
ソニアとマックスが風のように走っている。
ソニアのスピードにマックスはやっと付いていっている様子。
マックス
……軍曹……何・が、あるんですか?(息を切らしながら)

 

ソニア
お前さんの相棒の 貞操の危機だ。

 

マックス
貞……って、小隊長…女の人でしょう?

 

ソニア
ああ、女性だが…女好きなんだ。あの人は!

 

マックス
は……はい————!?

 

○士官用独身宿舎 サリーの私室
サリーの顔がレトラの顔に迫っている。
レトラ
しょ…小隊長どの……

 

サリー
少尉でいい。堅苦しいからな。

 

レトラ
ちょ…ちょっと……あ……

 

サリーの手がレトラの肩を押す。
見た目には軽く押しているように見えるが、レトラの様子と
レトラの腕を掴んでいるサリーの左手の力のかかり具合から
そうではないことがわかる。
しかし抵抗の甲斐なくレトラはソファに押し倒される。
レトラ
(引きつって声が出ない)

 

サリー
(ちょっと肩をすくめて)…そんなに緊張するなよ。

 

サリー、レトラの首筋に軽くキスをする。
レトラは「びくり」と反応する。
しかし快感からではなく、恐怖心からである。
サリーはそんなレトラの緊張を解きほぐそうとするかのように、
髪を撫でてやる。
サリー
……きれいな色だ…。髪も瞳《め》も……

 

そういいながら、サリーの手はいつの間にか
レトラの上着の前をはだけさせている。
サリー
(まだガチガチに固まっているレトラの様子に苦笑して)
かわいいな、君は(キス)

 

レトラ
……(硬直したまま。顔が恐怖に引きつっている)

 

○戸外
視界に士官独身用宿舎の入り口が迫ってくる。
警備の当番兵が迫ってくる者の勢いに圧倒されている。
当番兵
ソ…ソニア軍曹! どうしましたか!?

 

ソニア
第9小隊々長《ウチのオヤジ》に緊急の用があってきた。取り次ぎ無用!!
(当番兵の脇を駆け抜けながら)あとからもう一人来るから通してやってくれ。
(当番兵の制止を振り切って官舎内に飛び込んでいく)

 

当番兵
あ……ま……待って下さい軍曹!
軍曹——————っ!!

 

○士官独身用官舎 階段
マックス
後ろ、なんかわめいてますよ。大丈夫ですか?

 

ソニア
仕方ない、ボヤボヤしていると間に合わん。
……間に合ってくれよ……

 

マックス
……。
(意を決して)部屋はっ……どこですかっ!?

 

ソニア
三階。登り切ってすぐ左だ。301号室。

 

○同 三階 サリーの私室
サリー、レトラの首筋にキスを繰り返している。
レトラは恐怖心に体が硬直しながらも、やっとの事で声を絞り出す。
レトラ
少尉……
……どう…して、こんなコトを……?

 

サリー
(顔を上げて)…別に。楽しいだろ? 気持ちいいし。…それだけの理由さ。

 

サリー、レトラの頬に軽くキスをし、その胸をまさぐる。
○同 三階 廊下 サリーの私室 前
 
ソニア
マックス、下がってろ!

 

ソニア、ドアノブに手をかけ思いっきり引く。ドアは何の抵抗もなく開く。
ドアが開くと同時に二人は部屋に飛び込む。
○同 三階 サリーの私室 内
ソファの上で折り重なっているサリーとレトラが視界に飛び込んでくる。
しかし被害者であるレトラはまだ上着が半分ほど脱がされかけている だけであり、その上にサリーが覆い被さっている。
飛び込んできたふたつの影を認めると、サリーは悪びれもせずに 「もうちょっとだったのに、残念」といった風情で身を起こす。
その様子が、このようなお遊びは一度や二度ではないこと、そして このような事態も充分予測していたような感じで、小憎たらしく見える。
サリー
やぁ、軍曹(にっこり笑う)

 

ソニア
「やぁ」じゃありませんよ、少尉(冷たい視線)

 

ソニアはつかつかと部屋の奥に入り、クロゼットから慣れた手つきで 大判のバスタオルを取る。今ではレトラもソファから身を起こしているが、 上着の前をかき寄せて押さえ、うつむいている。
ソニアは、別に服を引き裂かれているわけではないが、 レトラにタオルをかけてやり、立たせる。
ソニア
(見上げて顔を覗き込む)大丈夫か?

 

レトラ
(消え入りそうな声で)……はい…

 

ソニア
(マックスに)マックス、レトラを連れて廊下で待っていてくれ。

 

マックス
……はい…(レトラに肩を貸しながら——何となく笑える光景である。)
さ、行こ……(レトラを促し、廊下に出る)

 

○同 三階 廊下 サリーの私室 前
マックスたちが部屋を出るのと入れ替わりにApが部屋に入る。
その様子はまるで二人が目に入っていないかのようである。
「つい」っと二人の脇をすり抜けていくさまは、 食堂でのApとはまるで別人で、冷たくさえ見える
レトラ&マックス
……。

 

静寂が流れる。レトラもマックスも憔悴しきっている。
暗い廊下には、部屋から漏れる明かりだけが存在し、
今までの喧噪が別世界の出来事のように思われる。
マックス
(レトラにおそるおそる)大丈夫?…その……変なコトされなかった?

 

レトラ
大丈夫。…何もされなかったから。

 

マックス
……そう……。

 

突然、部屋の中からなにかを叩くような音が廊下中に響き渡る。
二人は「はっ」として顔を上げ、ドアを見つめる。
ボソボソと何か話し声が聞こえてくるが、内容まではわからない。
ややあって、ソニアが部屋から出てきた。ちょっと怒っているようだ。
眉間の苛立ちをかくせていない。
ソニア
(息を一つ吐いて、部屋の中に向かい)——じゃ、ジルヴィア、あとは任せた。

 

AP
(シルエット。軽く敬礼している)……はい、軍曹。

 

ソニア、後ろ手にドアを静かに閉める。
ソニア
(二人にやさしく。先ほどの苛立ちは消えている)待たせたな。じゃ、帰ろうか。

 

レトラ&マックス
………はぁ…

 

間。
○同 三階 サリーの私室 内
サリーが床に尻もちをついている。左頬を手で押さえながら。
サリー
痛ってぇ…。

 

そんなサリーをApが冷たい目で見下ろしている。
サリー
(上目遣いにApを見て、口の端で笑いながら)痛《つ》~~~……久々に効いたよ。 レッド・ソーニャのビンタは…。

 

Ap
(手をさしのべて)見境なく手を出すからですよ。
……彼のことはともかく、どーして私だけじゃ満足しないんです? 女は。
(と、サリーを助け起こす)

 

サリー
自由恋愛主義者なんだ、あたしは。
それを承知で付き合ってくれてるんじゃないの? Ap。
(立ち上がったついでにApを引き寄せ、腰を抱く)

 

Ap
……そのうち怒り狂った誰かに、戦車で踏みつぶされますよ?
(鼻でふふん、と笑って唇を寄せる)

 

サリー
誰の話? クリスはそんなことしない(にこ、ッと微笑む)
まぁでも……それも本望かもな(さらに顔を寄せる)

 

二人のシルエットは接吻のために重なり合う。
○戸外 星が瞬いている。
 
ソニア
すまなかった。もっと気をつけておくべきだった。

 

レトラ
(肩にタオルを羽織ったまま)…いえ……

 

ソニア
信じられないだろうが、悪い人じゃぁないんだ、ウチの小隊長《オヤジ》は。
ただ ああやって、たまーに羽目を外すのが悪いクセでな。

 

マックス
(怒)……でも——

 

レトラ
(マックスを制して)でも、新人が入ったら、個人的に話をするって言ってました。
それは本当だと思います。…いろいろ聞いてもらいましたし。

 

ソニア
(肩越しにうなづいて)……うむ。
 ただ、気に入ったのがいると、チョッカイを出さずにはいられないらしい。
(「まったく、士官学校で何を習ってきたのか…(溜息)」)
しかしもう安心していいぞ。一度チョッカイをだして失敗したら、 二度としないから。

 

レトラ
(微笑んで)はい。

 

マックス
(ボソッと)…あたしもあんな目に遭うのかなぁ……(汗)

 

ソニア
ああ、それは心配ない。お前さんを連れていったのは予防のためだ。
あらかじめわかっている人間には、少尉だって簡単には手は出せんよ。
(独白)サリーの気に入るタイプでもないしな…
(「小っこくて、トゲがありそうだもんな」笑)

 

マックス
……?(訝しんだ顔)

 

ソニア
(二人に)…ウチの連中がキライになったか?
いまだったら機動兵学校《スクール》に戻ることができるぞ。

 

レトラとマックス、共に首を横に振る。
ソニア
(その様子に微笑む)そうか…
じゃ、明日からまた訓練だ。覚悟しておけよ。

 

レトラ
マックス
はい!

 

三人、小隊宿舎の方に帰っていく。空には変わらず星が瞬いている。
「そーいえば、ジルヴィアーナは少尉のところに置いてきていいんですか?」
「ああ、彼女は今夜は”お泊まり”だ」「え?…それって……」
「少尉と彼女はそーゆー関係なんだ」
「ええっ本当ですか?」「まぁ、当人同士がそれで良ければいいんじゃないか?少尉も今夜は収まりがつかないだろうし」
「…そんなモンなんですか?」
「さぁね。男だったらそうだけどな」「……///そーなんだ」「///……」

3景

○翌日 朝 第一二機動大隊本部前
多数のトレーラーがゆっくりと走っている。
そのトレーラー群を、しぶーい顔をしたサリーを含む「お留守番小隊」の 面々が見送っている。『第七混成中隊』のマークをつけたトレーラーの 流れが切れると、『第八混成中隊』のマークをつけたトレーラーが流れてくる。
先頭の『800号車』(中隊長車)の窓から、中隊長ピロット大尉が 身を乗り出して手を振っている。
ピロット
バーズ少尉、留守を頼む。

 

サリーはややぶすくれ顔のまま、敬礼でもって返答している。
ピロットは軽快に笑い、手を振ると車内に消える。
サリー・バーズ

 

サリーの顔がよけいに険しくなる。
サブリナ
聞いたぞ。お前んとこの新人。三等兵になったばっかだってナァ?
せいぜい新兵の訓練に精を出してくれよ。きゃははははははは。

 

意地悪く笑うサブリナの後ろの窓から、渋い顔のケリー、胃が痛そうなスピッチコック、 そしてクリスが軽く手を挙げて挨拶しているのが見える。
サリー
(ぼそぼそと)無事に連れて帰ってこねーと承知しないぞ、バーか。

 

○同 第一教練場
ソニアがサリーの様子を肩越しに見ている。
「にやり」と口だけで笑うと、ランニングから帰ってきたばかりの みんなの方を向く。
ソニア
(拡声器を口にあて)じゃぁ、そろそろ始めようか?
新米《ヒヨッコ》ども、今日はせめて教練場を半周できるようになってくれよ。

 

空が高い……。
(ep02 END)
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