episode02 サリー=レディア・バーズ
episode02 サリー=レディア・バーズ 本文
1景
ナビシートにはアルファが窓を開けて居眠りを、
後部座席ではレトラとマックスが寝コケている。
ソニアの視線 はるか彼方に、目的地であるマザーベースのある街が
広がり始める。
ソニア、安堵のため息を一つ。そして横のアルファを右手で揺り起こす。
大きく外へ向かって伸びをし(「おはようございます」)、
自分の腕時計(左手首)を見る。
現在の時刻は 5:30AMごろ。
(相変わらず後ろの二人は寝コケている)
礫砂《れきさ》の混じったステップ風の大地が広がっている。
太陽は今や完全にその姿を現している。
アルファ、後ろの二人を起こしてくれ。
アルファはそれから後ろを向いた(でないと、とたんに車酔いするから) 後部座席では相変わらずレトラとマックスが寝コケている。
レトラはシートの上に丸くなって、
マックスはそんなレトラを枕に大の字になって……。
その様子にアルファは度肝を抜かれたようだ。
今から『地獄の一丁目』に行くかもしれないってのに。
(ソニアの方を向き直って)ね、軍曹。
タイトル
トビラ EARAMINAN 『サウス=ニザム紅《あか》い疾風《とり》
~RED SOGNA in the South Nit-Zam~』
episode02 サリー=レディア・バーズ
2景
まったく違った風景が広がっている。
(※蛇足的に説明すれば、広大な第5機動師団・第2連隊の敷地の中に
第11~15までの5大隊と、第5~6航空(輸送)団が点在している。
第12機動大隊と第6航空団は、航空団の滑走路を境に隣接している。
ちなみに第11~13大隊(特別機動)は、女性ONLYの集団であり、
14、15大隊(歩兵)は男性のみの構成になっている。
航空団は約8割が男性で、残り2割を占める女性兵は、
管制・技術(整備)・通信等、後方支援勤務要員である。
…以上が第5機動師団・第2連隊の大まかな構成であり、むろん陸戦隊は
戦車隊だけでなく、歩兵大隊(第14・15)も存在している。
この歩兵大隊にもPSは配備されているが、大規模なPSのみので構成された大隊は
他の連隊に存在している。
敷地のほぼ中央部に建っている連隊本部には、
師団本部から派遣されてきたお飾りの連隊長(大佐)以下幕僚が
住みついており、大隊の兵たちからはおおむね嫌われているが、
さすがに大隊長・副大隊長ら高級幹部たちは遠巻きにするわけにも
いかないので、午前中は連隊本部で、午後からは大隊本部で執務に
励んでいるようである。
最後に、各大隊長は中佐、航空団長は少佐がその任に就いている。
つまり、航空団の規模はあまり大きくなく大隊の付属的部隊の意味が大きい)
それに対し、ソニアは平然としているが、新兵二人は一抹の不安を隠しきれない。
意味がないと判断しましたので。
……××××(ごにょごにょと口の中で何かつぶやいている)
軍曹、我が軍《ウチ》はそんなに人材不足なのか?
(自分も椅子に座る)それも、かなり優良株のね。
ピロット大尉《中隊長》も『なるべく早いうちに昇格できるよう手配する』と
おっしゃってましたし。
(と、大尉の、にっこりと笑う顔を思い浮かべる)
レッド・バーズ《ウチの》小隊は、ちょっと働きすぎですよ。
(至極真面目な顔で)ここらで少し、休みを取らないとね。
それは分かってんだけどォ~~~……
(イリイリと不機嫌な顔で呟く)辞令は正式に降りている。私が今更どうこう言っても始まらん。
(立ち上がり、ソニアに向き直って)ソニア軍曹。
新兵の教育は君に一任する。
簡単なフォメーションの訓練を行う。
それまでにせめて走れるようにしておいてくれよ。
以上だ、下がってよろしい。
マックスは機嫌が悪く、レトラは「どーしたものか」という表情。
ソニアは相変わらず平然としている。
小隊長は明日からの中隊作戦《ピクニック》に参加できなくなったんで、
イライラしてるのさ。だれでも「お留守番」はキライだろう?
作戦には参加できなかったろうから、おまえたちが気に病むことはないさ。
扉には『RED BIRDS』のらくがき(どうやらこのらくがきはアルファが書いたらしい)扉はもちろん開いている。
(部屋の中に向かって)アルファ。
ソニアの声にみんなこっちを向く。
ジルヴィ、03号機を出しておいてくれ。
入れ替わりにApが出ていく。
タバコに火をつける。きわめて厳しい表情。
ソニアに近づく。
足ヅメは壊れている。右膝の腱はのびきってるし、
Rシステム《アレ》を使った形跡もあるし、
拳《フィスト》カバーとシールドに新しい傷が。
…白兵戦でもやったんですかい?
で、そのチャレンジャーはどっちですか?
しかし、ちとデカすぎやしませんかね?
(「メカニックはコンパクトになれる方が何かと便利ですよ」)
駆け足で出てくる。
すれ違いざまに、二人の階級章がローヴァーの目に飛び込む。
ため息つきつつ一歩踏み出すサリー。
それを呼び止める影がひとつ。
髪と目は黒。体格はサリーに比べてはるかに小さい(身長158cm。サリーは173cm)
サブリナの後ろにはケリー曹長とクリス兵長が書類を持って控えている。
サリー、クリスをちらと見る。
クリスは微笑んでいるが、ちょっと困った顔。
ケリーは「これはまずいかも」という表情。
サブリナはすでに臨戦態勢にある。
ところで、やっと補充がきたんだって?
機動兵学校《スクール》の二年兵を3期途中から引き抜くなんて、
さぞかし優秀なヒヨコちゃんなんだろな?(にやにや)
各期ごとに筆記・実技の各種試験があり、それにパスしないと次のカリキュラムに進むことができずに放校処分(歩兵科に戻るかもしくは兵役解除)になるが、慢性的な兵員不足が深刻な問題になっている現在、これは完全に建前になっている。
次のカリキュラムを受けながら数十時間の特別補講と追試を受けて無事クリアすれば、そのまま兵役続行となる。もし3回目の追試を パスできなかった場合には、残念だが「不適格者」として放校処分が待っている。
ちなみにレトラとマックスの成績傾向だが、レトラは理論先行型、マックスは実技先行型で得手不得手が偏りすぎているため、両者とも総合成績は平均よりやや下…というところである)
いっときはお手柔らかに願いたいもんだね。
まだのらくらするつもりかい。ずいぶん長い休暇だな。
よく中隊長が許してるもんだ。それともお前さん……
(サリーの間近で)ピロット大尉《中隊長》とイイ仲にでもなったか?
(サブリナの声は低いが、この場にいる全員には聞こえた)
サリーが飛びかかり、その胸ぐらをつかんでそのまま壁に押しつけた。
締め上げられながらも、サブリナはサリーの腹に蹴りを入れる。
サリーがひるんだ隙にその顔にパンチ一発。
サリー、口から血を流しながらもサブリナにパンチ。
ケリーとクリス、止めるタイミングを失って狼狽している。
そこへジル・スピッチコック軍曹が鼻歌交じりに書類を抱えてやってくる。
自分の上司とよその小隊長が殴り合いをしているのを発見して 文字通り飛び上がり、即座に書類を床に置くと駆け寄ってきた。
はやく二人を分けろ!!
ケリー、第8小隊《ウチの》オヤジを押さえろ! クリスはバーズ少尉だ!
サリーも同様に第9小隊員からこう呼ばれることが多い。
対して先任下士官…第2分隊長(軍曹や曹長がその任に当たっている)…は
「オフクロ」と呼ばれる)
書類を整理している隻眼のワトソン曹長がその様子に気が付いて顔を上げ、上司であるピロット大尉の方に顔を転じて、あきれ顔に……
いちいち相手にしてたら、始末書が天井まで積み上がっちゃうわよ。
マックスはPSのコックピットに、後部ナビシートにはレトラ。
第9小隊のPS-03号機は最新式のアラミス型。まだ迷彩塗装も施してなく、 中隊マーク・小隊マークすら入っていない。
背部のバックブースターに大きく『9』の文字が書かれ、 ほとんど新品同様に見える。
ソニアが小型の拡声器でPS内の二人に指示を出している。
他の連中はローヴァー以外はお祭り気分である。
機動兵学校《スクール》御用達のアラミス型だ。
今さら説明しなくてもわかるだろう? とりあえず教練場を一周してきてくれ。
ああ、一つだけ注意しておく。
ちょいといじってるからスクールのよりパワーが高くなってる。
それだけ気をつけてくれ。
同様に左足も。そしてギチョギチョと足踏みする。
この動作にソニアとローヴァー以外の者は感嘆のため息をもらす。
スエラなどは「慎重だね」などと感心している。
それに反し、ソニアは「予定の行動」と言わんばかりの顔でPSを見守り、 ローヴァーはいわくありげに「にやり」と口の端だけで笑う。
そうね、大丈夫そう。 じゃ、行きましょうか。
いざ!
クラッチが落ち、ギアがきちんとつながらない。
耳障りな音ともに大きくノッキングし、 PSはバランスを崩して無様に倒れる。
たいていの新兵はこのPS-03号機を初めて操縦するとコケるのである。
アルファなどは腹を抱えて笑い転げている。
かつての自分がそうだったのも忘れて。
ローヴァーは「ほら、やっぱり」と頭をかき、
ソニアは「まぁこんなもんか」といったところ。
それが「ばびぅん」と現場に到着したときには、 すでにワイヤーを両脇と背部の引き揚げ用ラッチに引っかけられ、 つり上げ準備は完了している。
天地が完全に逆さまになっている。
レトラ
怒るマックス。
だったらもう少し転んでもらおうかな。
ではみんな、こいつらが今日中に一周できるかどうか賭けようじゃないか(笑)
マックスはさらに頭に血が上る。
みてろー。
痛々しいほど腫れあがった顔を見て、さすがのソニアもちょっと驚く。
……が、転倒音が聞こえてまたPSの方に注意が向く。
彼女は彼女で気が気ではない。
なにしろ壊れたPSは彼女が修理しなければならないのだから。
……期待の新人ねぇ……(半ば呆れて)
休憩は?
大丈夫か?
1時間後の小隊集合だが……そうだな、第1分隊だけでいい。
第2分隊はそのまま訓練を続けてくれ(踵を返す)
……ありがとうございます。少尉(にっこりと笑みを浮かべる)
そこに、夕食を乗せたトレーが天から降ってくる。
敬語なんて使うのは下士官からでいいの。
さ、冷めないうちに食ーべよっ♪
そこへローヴァーがみんなよりもやや遅れて席につくが、 そんな二人の行動がちょっと気にかかったようだ。
しかし平然と食べはじめたので、誰もローヴァーの動向に気づかない。
二人とも特に今日は、風呂に入ったら よーっくマッサージしときな。
明日動けないじゃ話になんないからね。
アルファ、お前さん監督官なんだから、しっかり世話焼くんだね。
レトラはまだベッドメイクの途中。
他の連中は手際よくさっさとベッドメイクを済ませてサロンで遊んでいるようだ。宿舎の中には二人以外誰もいない。
そこへラフが入ってくる。
用が済んだらおいでよ。ね。
レトラとマックス、互いに見合う。
なんだろ?
早く行かないとうるさいだろうし。
ラファエロが言ったようにレトラも後で来れば?
ちなみにサブリナは二階の角部屋に住んでいる。
レトラはちょっと気後れしつつも、初めての空間に好奇心を隠せない。
その先にはかなり広い、一見してだだっ広いワンルームが存在しているが、 実は奥には納戸を改造した秘密の小部屋がある。
しかしレトラの目に飛びこんできたものは、書類が山と積まれた フィールドデスクと書類棚、人を迎えるためのソファだけで、 やり手軍人のそれらしく、簡素な全く女っ気のない部屋である。
慣例としているんだ。
だから、訓練小隊ではみんな仲良かったんですが…。
!
おい、レトラはどうした?
他に問題はないね。新人がいるからって、はしゃいで夜更かしするんじゃないよ (たぶんマックスは、このセリフを聞きながら、子供かよ…と、内心突っ込んでいるに違いない)
……では、おやすみ。
二、三の書類に目を通し、書き物をしていると、 向かいのソニアの部屋の外扉が閉まる音がした。
ローヴァーは音もなく自室を出ると、ソニアの部屋の内ドアを 軽くノックして返事を待たずに滑り込む。
とりあえず異常ありません。
誰の報告だ?
ローヴァー、ラフを起こせ。他に気づかれないように。
寝入りのいいラファエロは完全に寝とぼけていて起きない。
聞き間違えじゃなかったら私室の方です。
そして意を決したように。
ローヴァー、アルファ。 すまんがジルヴィを起こして
少尉の官舎によこしてくれ。大至急だ。
私らは先行して現場に向かう。あとの者は待機。
騒ぎを大きくしたくない。
行くぞ、マックス。
マックスもそれを追って部屋を飛び出していった。
上着を引っかけながら。
彼女の両親が亡くなってからは、ずっと私の家にいましたから。
お母さんは寂しがっただろう?
だから…
なるべくそのように計らおう。
ところで、不躾だが訊いてもいいかい?
どこの出身かと思って。
髪は、染めているわけではないのだろう?
もう少し赤っぽかったかな?
ソニアのスピードにマックスはやっと付いていっている様子。
見た目には軽く押しているように見えるが、レトラの様子と
レトラの腕を掴んでいるサリーの左手の力のかかり具合から
そうではないことがわかる。
しかし抵抗の甲斐なくレトラはソファに押し倒される。
レトラは「びくり」と反応する。
しかし快感からではなく、恐怖心からである。
サリーはそんなレトラの緊張を解きほぐそうとするかのように、
髪を撫でてやる。
レトラの上着の前をはだけさせている。
かわいいな、君は(キス)
警備の当番兵が迫ってくる者の勢いに圧倒されている。
(当番兵の脇を駆け抜けながら)あとからもう一人来るから通してやってくれ。
(当番兵の制止を振り切って官舎内に飛び込んでいく)
軍曹——————っ!!
……間に合ってくれよ……
(意を決して)部屋はっ……どこですかっ!?
レトラは恐怖心に体が硬直しながらも、やっとの事で声を絞り出す。
……どう…して、こんなコトを……?
ドアが開くと同時に二人は部屋に飛び込む。
しかし被害者であるレトラはまだ上着が半分ほど脱がされかけている だけであり、その上にサリーが覆い被さっている。
飛び込んできたふたつの影を認めると、サリーは悪びれもせずに 「もうちょっとだったのに、残念」といった風情で身を起こす。
その様子が、このようなお遊びは一度や二度ではないこと、そして このような事態も充分予測していたような感じで、小憎たらしく見える。
ソニアは、別に服を引き裂かれているわけではないが、 レトラにタオルをかけてやり、立たせる。
さ、行こ……(レトラを促し、廊下に出る)
その様子はまるで二人が目に入っていないかのようである。
「つい」っと二人の脇をすり抜けていくさまは、 食堂でのApとはまるで別人で、冷たくさえ見える
暗い廊下には、部屋から漏れる明かりだけが存在し、
今までの喧噪が別世界の出来事のように思われる。
二人は「はっ」として顔を上げ、ドアを見つめる。
ボソボソと何か話し声が聞こえてくるが、内容まではわからない。
ややあって、ソニアが部屋から出てきた。ちょっと怒っているようだ。
眉間の苛立ちをかくせていない。
……彼のことはともかく、どーして私だけじゃ満足しないんです? 女は。
(と、サリーを助け起こす)
それを承知で付き合ってくれてるんじゃないの? Ap。
(立ち上がったついでにApを引き寄せ、腰を抱く)
(鼻でふふん、と笑って唇を寄せる)
まぁでも……それも本望かもな(さらに顔を寄せる)
ただ ああやって、たまーに羽目を外すのが悪いクセでな。
それは本当だと思います。…いろいろ聞いてもらいましたし。
ただ、気に入ったのがいると、チョッカイを出さずにはいられないらしい。
(「まったく、士官学校で何を習ってきたのか…(溜息)」)
しかしもう安心していいぞ。一度チョッカイをだして失敗したら、 二度としないから。
あらかじめわかっている人間には、少尉だって簡単には手は出せんよ。
(独白)サリーの気に入るタイプでもないしな…
(「小っこくて、トゲがありそうだもんな」笑)
いまだったら機動兵学校《スクール》に戻ることができるぞ。
じゃ、明日からまた訓練だ。覚悟しておけよ。
マックス
「そーいえば、ジルヴィアーナは少尉のところに置いてきていいんですか?」
「ああ、彼女は今夜は”お泊まり”だ」「え?…それって……」
「少尉と彼女はそーゆー関係なんだ」
「ええっ本当ですか?」「まぁ、当人同士がそれで良ければいいんじゃないか?少尉も今夜は収まりがつかないだろうし」
「…そんなモンなんですか?」
「さぁね。男だったらそうだけどな」「……///そーなんだ」「///……」
3景
そのトレーラー群を、しぶーい顔をしたサリーを含む「お留守番小隊」の 面々が見送っている。『第七混成中隊』のマークをつけたトレーラーの 流れが切れると、『第八混成中隊』のマークをつけたトレーラーが流れてくる。
先頭の『800号車』(中隊長車)の窓から、中隊長ピロット大尉が 身を乗り出して手を振っている。
ピロットは軽快に笑い、手を振ると車内に消える。
せいぜい新兵の訓練に精を出してくれよ。きゃははははははは。
「にやり」と口だけで笑うと、ランニングから帰ってきたばかりの みんなの方を向く。
新米《ヒヨッコ》ども、今日はせめて教練場を半周できるようになってくれよ。