芙蓉
芙蓉 本文
ベッドの中、アレの最中に、ふと我に返って薄く目を開けると、彼女の表情(カオ)が見える。時に辛そうだったり、切なそうだったり。
幸せそうな表情(カオ)は一度も見たことがない。
ベッドの外、服を着ているときは、いつも幸せそうに笑ってこっちを見ているのにね。
でも私は知っている。このベッドの中の表情の意味を。
昔、ほんの少しだけ付き合っていた“彼”も、やはり同じ顔をして私にまたがっていたっけ。
様々な紆余曲折の果てに、私は彼女を手に入れた。
そう、「手に入れた」が正しい。
尖って、拒否して、粉々に壊れて、垣根を作って、道化て――。
そうして彼女は時間をかけて、自らの傷を癒してきた。
私はただ、そばにいただけ。
一度は諦めて、“他”に流れてみたけれど、代替の愛は当たり前のように長くは続かなかった。
それから得た教訓はただひとつ。
“自分を見誤るな”ということ。
そしてまた彼女のそばで、彼女を見守り続け、彼女を手に入れた。
今、彼女は私の上で、いつものように、辛そうな、切なそうな表情(カオ)で私と私の体を愛している。
真剣に必死に。そして真摯に。
彼女が触れたその場所から、彼女の心が流れ込んでくる。…みたい。
こんなあなたを見ることができるなんて、あの頃からはとても想像できないわね。
でも私はそんなあなたが心から愛おしい。
とてもとても愛おしい。
平凡で、使い古されて、とても陳腐な言葉だけど、あなたにいつも伝えたいことがあるの。
「愛しているわ、聖。」
彼女の動きが止まった。すごく間抜けな顔でこっちを見てる。
そんな顔も今は (いえ、今じゃなくても) 愛おしい。
すごくすごく愛おしい。
間抜けな顔に、自然に私の手が伸びて、彼女のほほをそろりと撫でる。
ああ、そんなに泣きそうな顔で笑わないで。
さらにあなたが愛おしくなるじゃない。
あなたが私の中に入っている。その場所から
あなたを浸食して、あなたを私に取り込んで、あなたとひとつになってしまいたい。
そんな気持ちになるじゃない。
でもきっとそれは無理だから。
無理だってわかっているから。
だからむさぼるようにお互いを求め合うのかもしれないわね。
「お願い…来て。…止めないで。」
私は続きをうながす。
彼女はまた動き出す。
真剣に必死に。そして真摯に。
それを受け取る私もまた―――。
今は、お互いに我を忘れてしまうがいい。
今は、あなただけを感じていたいから。
あなたもそうだと、思いたいから。
あなたの、その辛そうな切なそうな表情(カオ)は、私だけのもの。
今ある貴女の心。
私だけに向けられた、あなたの心。
それを充分受け取ったら、
今度は私が、
あなたと同じ表情(カオ)を、
あなたに見せる番になる。