へっぽこ・ぽこぽこ書架

どうしたんだい？　こんな夜更けに。
……足柄？

………（何か言いたげな顔）

どうしましたか？　お嬢さん。

……別に……。

（苦笑しながら息をちいさく吐いて）ま、良かったらどうぞ？
広くはない部屋だがね（自室のドアを開けてまず自分が入室し、中に入るよう促す）

………。

……どうぞ（コーヒーを入れて差し出す）

ありがとう……（受け取る）
お湯が沸かしてあるのね。

ああ、見回り後に飲むコーヒーは格別でね。
インスタントだけど、悪くはない。

ふうん……（くん、と香りを嗅ぎ、一口飲んで、はーとため息をつく）
……美味し……。

それは良かった（にこ、と笑う）
……で、今日は那智はどうしたね？

その……那智のことなんだけど。

うん？

………。

………（コーヒーを飲みつつ見ている）

………（言おうかどうしようか、逡巡している顔）

気が向いたら話せばい——

提督はさ、那智と寝たんでしょ？

（ぶーっとコーヒーを吹き出す）

提督が誘ったの？　それとも那智が誘ったの？

（椅子の背に掛けていたタオルで口と涙を拭きながら）
……あ……足柄……ちょ……

ねぇ、どっちなの？（真剣にカワチを見ている）

………（これは本気で思っているなと分かり）
それは……この間の件……かな？（『ウヰスキーはお好きでしょ？』のこと）

（無言でうなずく）

那智から聞いていないのか。……そう言えば、連携を切っていたんだったか。

（無言でうなずく）

それは……まぁ、誤解されても仕方ないね（ため息をつく）

誤解？　（訝しんだ顔）

あの状況では、誤解が生じても仕方がないな。
私はてっきり、那智が君にはちゃんと話をしていると思っていたし、妙高さんからもこの件は伝わっていると思っていた。

妙高姉さんは、プライベートについては何も言わないわね。
私たちの間のこともそうだけど、あなたとのことなんてほぼクローズよ。
よほどあなたが好きなんでしょうね。些細なことも、私たちにですら知られたくないみたい。

それはそれは……光栄だね。

もっとも、あの姉なので、肝心なところは筒抜けだったりするんですけどね。

そのようだ。那智に聞いた話だけどね（肩をすくめる）

本当に、何もなかったの？

那智とかい？　二人とも飲み過ぎて、酔いつぶれて雑魚寝しただけさ。
この棟は壁が薄くてね。ヒナセ提督の部屋とはリビング同士が隣接しているが、それでもお互いのいびきで目が覚めたりするからね。
こんなところで逢い引きはできないな……もっとも、司令官はときどき電を連れ込んで入るようだけど（くつくつと笑う）

あの司令官が？（信じられないという顔）

君の反応は正しい（ニコ、と笑う）

謀ったのね？　……嫌なニンゲン（顔をゆがめる）

（悪びれずに）すまなかったね。だが、一緒に寝ているのは嘘じゃないよ。
ヒナセ司令にとって、電は自分の子供みたいなものだからね。
もっとも、旦那さんが生きていてすぐに子供ができていれば、君たちくらいの外見年齢になっているだろうがね。そのあたりには気が回らないらしい。司令官らしいね。

………。

失礼。そんな話をしに来たわけじゃなかったね。
つまり君は、もっと那智に積極的になって欲しいんだな？

……よく……わからないわ。
ただ、那智はあなたによく懐いているのよね。本来、そんなに人間が好きじゃなかったのに。

んー……それは……君たちの姉君のおかげではないのかなぁ。
那智は妙高さんに心酔しているように見える。違うだろうか？

そうね。私にも割り込めない、何かがあるわね。

割り込みたいと、思っている？

……うーん……。

君はとても人間っぽいな。

なにそれ。

全部が全部そうじゃないが、人間は、君のような感情を持つことがあってね。
誰かの一番でありたい……というヤツだね。
これを持ってしまうと、自分自身でも感情や行動が制御できなくなってしまって、場合によっては、自分自身が嫌になったり、自分の外だけに原因をかぶせて自己正当を主張したりと、負のスパイラルに陥ることが、ままある。
俗に言う『面倒くさいヤツ』というものだね。

（納得いかない、という顔）

私がこう言えてしまうのは、大昔にそういう感情に陥って、自分自身が実にめんどくさい思いをしたからだよ。
体験談……というヤツだな（ふふふ、と鼻で笑う）

……ヒナセ提督のこと？

ん……まぁ、そうだね。
ここまで達観するには、それなりの時間を要しているというわけさ。

ふぅん……。
じゃ、あなたが今達観というのをしているから、誰とでも寝るの？

（再度コーヒーをぶほ！っと吹いた）

今はどうかは知らないけど、あなた鹿屋にいた頃、『艦娘キラー』だって噂されてたわ。今も鹿屋に戻ったら、誰かと気軽に寝ているの？

……その通りだったね。そこは否定しないよ。頻度は落ちたが、あっちでそれなりに遊んでいるのも、否定しない。
言い訳だが、本部はストレスフルなところでねぇ……もっとも、お相手は艦娘じゃなくて、提督諸氏だけどね（苦笑する）

へ？

そうだろう？　自分の直接部下の艦娘ならいざ知らず、余所の提督の艦娘を引っかけて同衾するなんてことはまず不可能だし、できたとしても、先方の提督と血の雨を降らせることになる。そういう面倒ごとは、私はゴメンだね。
まれにいるけどね、そういう提督も。……アレは何だろうねぇ。

（気が抜けた顔）

……君が、何を訝しんで、また何を期待してここに来たのか、予想が付かないワケじゃないが、
それは那智に失礼だからね。それを飲んだら、那智のところにお帰り。
もっとも、ここで一夜を明かして、那智を心配させたい……というなら、協力しないでもない。

……あなたというニンゲンが、よくわからないわ。

（にこ、と笑って）私は基本的に、女性の味方なのさ。
人間・艦娘の別なく、『すべての女性は幸せになるべきだ』

あなたも女性でしょうに（なにそれ？　という顔で苦笑する）

どうやら生まれてくる性別を間違ったらしいね。
もっとも、男に生まれていたら、男のほうを好きになるタイプになったかもしれないがねぇ。
……私が男に生まれるのなら、きっと兄たちが女に生まれるのだろうからね。

よくわからないけど、人間もいろいろ大変そうね。

（視線を海に戻して素っ気なく）おはよう。

お……おはようございます。

（体操を続けながら）……ゆうべはずいぶんとお楽しみだったみたいで。

……いや……その……。

別に構わないよ？　君の艦なんだし。

……え……っと……。

ただ、その手の問題だけは、起こさないでね。
もっとも、同型姉妹の共鳴艦たちだから、大丈夫とは思うけど。

……べ……弁明を……。

私にしてもしょうがないでしょ？
私はこの手の話に寛容ではないけど、まったく駄目だと強制する気もないよ。
イヤな話だけど、それこそ誰でもやってることだし。
………。
弁明するなら、それこそ那智に対してなんじゃないかなぁ。
ま、その必要もないと思うけど……艦《ふね》なんだし。

………。

堂々としていればいいんじゃない？
じゃないと、彼女たちのほうが混乱してしまうよ。
これ、いつも君が言ってることだよね。

……そうだな。

今からジョギングに出るけど、付き合う？

あ……うん。

じゃ、着替えて、どうぞ。
そのくらいにストレッチも終わるだろうし。

……ありがとう（踵を返して着替えに戻る）

（感情のない目で見送っていたが、カワチが扉の中に消えると）
やれやれ（ふっと鼻から息を吐く）

……いつも、思うが……君のスタミナは、すごいな……（ちょっと息が上がっている）
私は、そろそろ……歳かな……。

……（平気な顔で、前を向いたまま）単に軽いからじゃない？
レーコさん、私よりずっと重いでしょ。
（私より二つ年下のクセになに言ってやがんだ）

あー……それも、あるのかな……。確かに私は、骨から重いから……。

頑丈そうな体つきしてるもんね。脂肪も少なそうだ。

……よく……ご存じで……。

（速度を落として、カワチと並ぶ）先日潜水艦たちの訓練で、水着になってたじゃない。あれ、似合ってたよ。

……それは、どうも……（顔が赤くなる）
………。

（他意なく赤くなっているカワチを見ている）

（それに気がついて）……やめてくれ、恥ずかしい（顔をそらす）

（自分にはどこかに置き忘れてきた感情だなぁと、思いながら）
ああ、それは失礼。

（唐突に）……ところで足柄はどうだった？

（驚いて地面に躓いて、派手に転倒する）ぅわぃっっ！！！

（あれ？　という顔で立ち止まり、歩いて戻る）大丈夫？

（体に付いた泥や草をはたき落としながら）……なんとか。

（手を差し伸べる）

（ヒナセの手を取って立ち上がる）ありがとう。
……ときどき、そうやって人に爆弾を落とすのは、君の趣味か？

（なんのこと？　と本気で思ったので、小首をかしげる）
ちょっとだけ興味がわいて。

それも、例の記録のため……とやら、かな？

まぁね。

……（盛大に渋い顔になる）
この小悪魔め、地獄に落ちるといい。

（にひゃ、と笑い、信楽焼のタヌキが笑ったような顔になる）
それはどうも。……で、どうだったの？

それでも訊くか。

具体的かつ物理的なことには興味はないけどね。
どうせ私には分からないことだらけだし。

実地で体験できないからな、君は。
しかし、そっち方面も、実に興味が深いことがあるぞ。

へぇ。

興味が出たなら、そのうちに話して聞かせてあげよう。
もちろん学術的表現を使ってね。

それなら是非お願いします。
……で、今の質問の回答は？

……ここまではぐらかしても、食いつくか……。
そうだな……。
ま、一言で言えば、足柄の『飢えた狼』はある意味間違いなじゃない。
もっとも、他の足柄は分からんがね。
あれでは気の毒だな。

足柄が？

いや。足柄も那智もだよ。
対策が必要かもしれん。

そう。
じゃ、ある意味収穫があったわけだ。
（尻から小さなメモ帳と鉛筆を出して、書き付ける）

（その様子を見て、あきれかえって言葉が出ない）

……さて、どうしたものかな。

百戦錬磨のカワチ提督でもそういうんだ（くすり、と笑う）

やめてくれ。人聞きの悪い。

どうせ、私たちふたりしかいないじゃない。

さてどうかな。あんがい日向あたりが、そのへんに潜んでて聞いているかもしれんよ。

それこそ人聞きが悪いなぁ。日向は確かに神出鬼没なところはあるけど、言うほどでもないし、そんなにしょっちゅう立ち聞きはしてないよ……たぶん。

たぶん……ね。

あの子は単に、そういう星の巡り合わせにいるんだと思う。

そうか？
私の目には、主人に忠実で、何かあったら守ろうと思ってる。
だから君のそばによく潜んでいるように見えるがね。

そう……あー……。

思い当たる節でもあったかい？

んー……まぁね。前に仕えていた提督が、たぶん好きだったのかなって。

………（期待外れに終わった顔）

伊勢が好きなんだとばかり思っていたけど……いや、たぶんそうなんだろうけど。提督のほうも同じくらい好きだったのなら、そりゃぁ辛い思いをしたろうなと。

（やれやれ、とため息をついて）
事情がよく分からないが、あの日向にもいろいろあったということか。

ま、その話はおいおいね。
……となると、日向が実際にどのくらい壊れているのかちょっと怪しくなってきなぁ。
これ以上面倒ごとが増えるのはちょっと勘弁して欲しい。

……ふむ。

だからさ、頼むから面倒ごとは起こさないでよ。

………（顔をしかめて）
いきなりこっちに話を振らないでくれ。

いやいや、元々君の艦が問題だったんだから。

………（やられた、という顔）失礼しました……。

方法はお任せします。私にはそのあたり、よくわからないから。

いつもながら、この手の話題は逃げるね。

オマエさんと違って、経験豊かじゃないからねぇ。
若いうちにもっと遊んでおけば良かったなぁって、思うよ。

（肩をすくめて）やめたまえよ。そういう柄にでもないことを口に出すのは。

それは失礼。
……ま、しばらくは“離れ”を使うのは制限しておきましょうかね。

ヒナセ、そういうのは「気の回しすぎ」というヤツだよ。
もっと端的に言えば、「要らぬお節介」だね。

あ、そ。
やっぱり慣れないことはするものじゃないね。

まったくだ。

（しばらく苦々しそうに黙っていたが、重い口を開く）
……とにかく、事情と状況はわかった。
足柄が……世話をかけた（立とうとする）

待ちなさい那智。君はそれでいいのか？

（カワチの声を聞きたくないというように、振り切ろうとする）

Wait！

っ……！（その場に縫い止められたように動けなくなる）

Sit-down and don't move.

………（抵抗を試みるが抗えず、引きずられるように座る。
座ったときには汗びっしょりになっている）

（那智の様子を無表情で眺めたのち、立ち上がって寝室に入り、
タオルを持って出てきて、そのタオルを那智に差し出す）
移動しよう。離れを予約してある。妙高さんにも了解は得ているから心配しなくていい。

（タオルを受け取りながら、絶望的な顔になる）

なに、夜は長い。話をするにしても、隣にはヒナセ司令がいるからね。
今夜は電とお楽しみのようだし、邪魔しちゃいけない。

……ヒナセ提督が？　まさか。

そのまさかさ。人は見かけによらないだろう？（肩をすくめてかすかに笑う）

平和と見えたのに、ここもそうでもないのだな。

いや、平和さ。他の基地や鎮守府に比べれば。人が艦娘を巡って争わないだけでも、格段に平和だよ。
ヒナセ司令はお堅いから、電だけだしね。ベッドに連れ込むのは。

私は……そうやって人間の相手をさせられた駆逐艦や特務艦が壊れていくさまを数え切れないほど見てきた。
ここに送られてくる艦なぞ、ほんの一握りだ。艦娘は誰もが口をつぐんでいるが、海ではない場所で人間に酷い目に遭わされている艦は、星の数ほどいる。

そもそも人間は、戦闘という名目で君たちを間接的に傷つけている。
君たちは戦いで疲弊していく。……が、その人間もまた然りだ。
酷いことを承知で言えば、君たちは感情コントロールがかかっていて、恐怖を感じる部分をかなり削られているが、人間はそうじゃない。
君たちに守られてはいるが、敵の砲弾や艦載機がまぢかに来れば、筆舌では尽くしがたい恐怖をこの身に受ける。
衝動で動ければまだいいが、たいがいは体が凍り付いて身動きができなくなる。死の恐怖を味わい続けて平気な者はごくわずかで、そういうヤツはたぶんすでに狂っている。
……那智、『死ぬ』という意味がわかるかい？

動かなくなって解体されるか轟沈することだ。この世には存在できなくなる。だが、場合によっては、建造や修復の資材になる。他の艦の役に立つ。

……人はね、那智。
死んだらそこで終わりなのさ。死のあとには何もないし、何も残らない。
だから人は死が怖いんだよ。
さ、この話の続きはあちらでやろう。司令の睡眠を邪魔してはいけない。

……わかった……睡眠！？

そう、電と一緒だとよく眠れるらしい。
電からもそのように報告が上がっているよ（にっこり笑う）

（毒気を抜かれた顔になって）……わかった。今夜はお手柔らかに頼む。

こちらこそ。

今日はまたきれいに片付けてあるな。前に使ったのは誰かな。

貴様ではないのか？　……その……足柄……と。

いいや。足柄とは私の部屋でねぇ……（見回して）これだけきれいに整えるのは、たぶん隼鷹だな。

………（しれっと足柄とのことを肯定されたので、憮然とした顔になっている）

知っていたかい？　隼鷹はあれでもいろいろときちんとしててねぇ。
さすが元客船というべきか（クスクス笑う）
おかげで、ウチの武蔵は余所の子よりも格段に行儀がいいんだよ。
やはり育て方なのかも。提督《主人》はもとより養育担当艦の性質が大いに影響するようだ。

私にはそのあたりのことはよく分からないな。建造から二〇年近く経っている。
以前言ったことがあると思うが、私を育ててくれたのは同じ那智でな。……まぁ、初めての相手もその那智だった（カワチと目を合わせずにつぶやくように言う）

（別室にあるたぶん妖精さんが用意しただろうウヰスキーとつまみのセットを持って出てきて） ひどい提督がいるもんだ。養育担当艦が同種艦なのは構わないが、初めての相手をさせるのは確実に軍規違反だ。……理由は知らないが、まぁなんとなく予想はつく。
（那智を促して同時にソファに腰掛け、グラスに氷とウヰスキー入れてオンザロックを作る）自分と同じ顔でほぼ同じ性格の存在が相手というのは、正直ぞっとしないよ。どちらの立場を想像しても、私には耐えられないな（グラスの一つを那智に差し出す）

（グラスを受け取りながら）私は、そのあたりもよく分からなかった。今でもよく分からない。
足柄は私と同じ養育艦だったから、もしかしたら私と同じ相手が初めてだったかもしれんな（ぐっと一口飲む）

（グラスをゆっくり傾けながら）……ははぁ……なるほどな。
なんとなく納得したよ。

うん？

足柄がどうして君に執着するのか……って話さ。

……初めての相手が『那智』だった……からか。

真相はそう簡単なことではないかもしれないがね。単に『那智』だったから……ではないかもしれんよ。

どういうことだ？

突っ込んだことを訊いて申し訳ない、と先に謝っておくが、足柄とはいつ関係を持った？

……は……？

誤解が生じないように直截に言おうか。
初めて足柄とセックスをしたのはいつだ？

（あからさまに嫌そうな顔をする）………。

嫌なら答えなくてもいいよ。単にこれは自分の推測を補完したいだけの話だから。

いや……それについては、別に構わない。
一度姉妹がばらばらになって、再会してからだ。私が当時仕えていた提督のところに赴任してきたんだ。
前任者が戦死して宙に浮いた艦娘を、提督が丸ごと引き受けてきた。
その中に足柄がいた。そして……

そして？

……その日のうちに……。

なるほど。もう一つ突っ込んで訊く。
どっちが声を掛けた？　つまり……コトに及ぶに当たって。

……貴様の出刃亀趣味に付き合わされているのではないだろうな？

そう思いたければ思うがいいよ（肩をすくめる）
ただまぁ……君と足柄の件については、先日足柄と寝た際にいろいろ思うことがあってね。
これはきちんとしないとまずいなと思った……と、正直に言っておこう。

……ふむ（微妙に納得していない顔）

私はあまり人に褒められた人間ではない。ことセックスモラルについては、たぶん最低の部類だ。
だからこそ。君たち姉妹が潜在的に抱えているかもしれない問題については早々に方向性だけでも示しておきたい、と思っている（真面目に言う）

セックスモラルが低いのは確かだな。
貴様は私が知っている提督の中でも、しょっちゅう相手が違う。
ここに来てからは妙高姉《あね》だけっぽいが、実際にはそうでもなさそうだ。

ここでは妙高さんだけだね。ここ以外の場所に出張の際は、まぁそれなりに。人間相手ではあるけどね、今はね。

……貴様のその言葉を、とりあえずは信じようか。
姉が世話になっている良人でもあるしな。

それは光栄（にこ、っと微笑む）

言葉を信じるだけで、貴様自身を信じるわけではないぞ。

そこはどうぞ、好きにしてくれ。

そのようにさせてもらう（グラスのウヰスキーをぐっとあおる）
……私と足柄が今の関係になったのは、足柄と再会したその夜だ。
新しい艦娘が着任した際、早く環境に慣れさせるために、元からいる艦娘としばらくペアにしておく提督がいるが、当時の提督もそのタイプでな。姉妹艦が良かろうということで、私と同室になった。
当時は妙高型重巡は私だけだったな。
足柄は……リセットされてほぼ建造時の状態に戻されてはいたが、だからかな。建造時の提督のことと私たち四姉妹のことは憶えていた。会ってすぐにその話が足柄の口から飛び出してきた。

……那智。すまないがこの話、メモを取らせてもらっていいだろうか？

なんだ？　ヒナセ司令の真似事か？

悲しいことに、足柄との一件で、司令官に対応と詳細な報告を命じられていてね。
……ま、君を呼びつけたのも、その一環というわけさ。

……仕事の一環だったのか（憮然とする）

仕事の一環でもあるが、提督と艦娘についての問題は、提督の責任だからね。
君たちはそんなことないかとは思うが、感情的にぎくしゃくするのは、今後の作戦行動に差し障りが出る可能性がないとも限らない。それでは私が困るし、君たちもお互いに嫌だろう？
……我々の仕事は海で死ぬことじゃない。海で戦って生きて戻ることなのだから。

……そうだな。
メモくらい好きに取るがいい。どのみち私たちは貴様の所有物だ。今はな。

ありがとう（上着を脱いで、内ポケットから手帳とペンを取り出す）
「私の所有物」という言われ方は心外だが、まぁ良かろう。今話題にすべきコトはそこじゃない
（手帳を開いていくつかのことを速記のようなモノで書き付けて、そのまま顔を上げずに）……お待たせ。つづけて、どうぞ。

……ふん。

……再会した時、足柄は……さっきも言ったが、建造時のことをはっきりと憶えていた。
当時の建造順、養育艦が誰だったか、そして私たち姉妹全員のこと。
実は私もすべて憶えていてな。ひと目見てあの足柄だとすぐに分かった。
後年再会した妙高姉も羽黒も同様にすべてを憶えていて、全員が一目でお互いを認識している。
それまで他の妙高型と一度も邂逅したことがないならば、単に同型艦認識を勘違いしただけということになるだろうが、そうじゃない。全員、他の妙高型と同じ隊にいたことがある。
彼女らとはこのようなことはなかった。

（速記で書き付けながら）なるほど。

足柄と再会した夜は、提督の計らいもあって、二人きりで部屋で飲んでいた。
足柄はあれでも酒に強くてな。

妙高型は、全体強い子が多い印象だね。君ら姉妹は特に強いなと、感じるけれども。

そうか。
提督から差し入れられたダルマはもとより、私所有のダルマも空けてしまったな、あの時は。
ややハイペースで飲んでいたのは間違いない。そのうちにいい雰囲気になってな。
酔っ払いが酒の勢いでコトに及んだと言われればそれまでだが……。
（何かに気がついたような顔になり）………（考え込む）

（那智の様子に気がついて顔を上げ）どうしたね？

……どちらからともなくと思っていたが、違うな。
十年以上前の話なので記憶があやふやになっているが、たぶん、積極的に誘導していたのは足柄のほうだ。
私は何度かはぐらかしたんだが、それでもなお食いついてきたというか。

ふむふむ（相槌を打ちながら、しかしカワチの目が意味ありげに動く）

「気がついたらそうなってた」というのはフェアじゃないな。誘ってきたのは足柄だが、それをいいことに、自分の衝動に逆らわなかったのは私だ。

まぁ、それは悪いことではないと思うよ。

貴様ならそう言うだろうな。

まぁね。これが人間なら兄弟姉妹同士の性行為は大いに問題アリだが、君たちにはそのあたりのタブーがないからね。『型』はあくまでも『型』であって、『血縁』ではないから。

ヒトはときどきそんなことを言うが、どういう意味だ？

全部がそうというわけではないが、とあるレベル以上の生物は『血縁』というもので繋がっていてね。実際的には遺伝子と染色体という、君たちで言うところの設計図と根幹情報のようなものだ。そしてこの遺伝子が繋がっていることを『血縁』や『血』という言語概念で表現している。
この場合の『血』は単純に『blood』という意味ではない。それはわかるかい？

……うむ、なんとなくだが。

ＯＫ、なんとなくで十分だよ。
で、ここからが本題だが、たとえば自分の直接かつ異性の親や子、きょうだいとセックス……生物全体で話をしようか。つまりは生殖……交尾交配だな……をして子ができたとする。
これを『血が濃い』と称して、あまり良くないこととしている。

何が良くないのだ？

血縁が近いもの同士の生殖だと、非常に似通った遺伝子を使った次世代ができる。
遺伝子というのは、遺伝する因子のことだよ。優秀・有益な遺伝子だけが入っているのであればあまり問題はないのかもしれないが、先天的な病気や障害などのマイナス因子も遺伝子情報として入っているんだ。
今、「優秀・有益」や「マイナス因子」と言ったが、本来、遺伝子が持つすべての因子は、“未来への可能性”という意味しか持っていないんだ。
たとえばの話。現在のキリンは、現在の生息環境下で生きるための最適進化した姿だが、この先気候の変化やらなにやらで食料となる背の高い木が急激に消失して、彼らの蹄の高さほどにもならない草しか残らなかったら、あの首が災いして種の存続危機に陥るだろう。
つまり、『首が長い』という遺伝因子は、現時点では種の存続のための有益な因子だが、状況が変われば種の存続すら危ぶませるマイナス因子になる、というわけさ。

……（ちょっと考え込んで）今装備している兵装が、現在の世界最高水準最高性能であっても、時と場合によってはそれが徒になって死活問題に発展することがある……ということか。

さすが那智。飲み込みが早いね（満足げに大きく肯く）
次世代が生み出される際には遺伝子の組み換えが行われるが、これには親となる二個体から得た遺伝子情報が使われる。
顔かたち体型体格体質。身体能力。性格や思考の方向性……出現は多岐にわたり、『顔は父親に似ているが後ろ姿は母親そっくり』だとか『性格は母親寄りなのに、考え方や話し方は父親と同じ』などという個体が生成される。つまり、どちらかの親の完全なクローンではなくて、両方の性質を兼ね備えた次世代が生み出される。
生物はそうやって常に進化を続けてるのだよ。

……ふむ。

さて、話のはじめあたりに戻るが、親や子、あるいはきょうだい間で生殖が行われた場合、親となる二個体から得られる遺伝子情報は、重複するものが多いということになる。
その場合に考えられるデメリット……つまりマイナス面はなんだと思うね？

（ちょっと考えて）病気や障害が発現しやすくなる……のか？

その通り。もちろん、マイナス面ばかりが発現しやすくなるわけではないようだがね。
大昔の話ではあるが、王族や貴族などが優秀な遺伝子を残す目的で、同族婚姻を繰り返していた時代もあったということだ。
もっとも、数世代後には虚弱者ばかりが生まれ夭折することが多くなってきたため、極端な同族婚は止めたという話だよ。

（真剣な顔で考え込んで）……たとえば、私と足柄の設計図を持ち寄って新しい艦を作ったとして、意図して長所だけを寄せ集めることが、人間や生物の生殖ではできない……ということだな。
時には短所ばかりが選択されて、不具合の多い艦ができる、と。

（さりげなく自身と足柄を例に出した那智が微笑ましくてくすりと笑い）
ざっくり言えばそういうことだね。
君たちをたとえとして使うなら、二個イチで建造しなければならないとして、妙高型の設計図を二艦使うのと、妙高型と別型の艦《ふね》の設計図を一艦ずつ出して使うのと、どっちがより進化した艦が出来上がる可能性が高いかな、という話だね。

なるほど。……ふむ。遺伝とやらの基礎はなんとなく理解した。

さらに深い話になるが、遺伝には優性遺伝と劣性遺伝、そして隔世遺伝というのがある。
「優性・劣性」は遺伝の質ではなくて、単に遺伝のしやすさのことだよ。
わかりやすいところで、「父親似・母親似」などを決める因子だね。これによって、姿形がよく似たきょうだいや、ぱっと見他人かと思うようなきょうだいが生まれる。

ふむ。ではカクセイ遺伝とはなんだ？

直上の親ではなく、二世代以上を経て出現する遺伝のことだね。
両親共に右利きなのに子だけが左利きで、調べてみたら三世代前に左利きがいたとか、家族の誰とも似ていないが数代前の先祖にそっくりだ……というようなパターンがこれにあたる。
実は私の容姿がそうでね。親や兄たち、祖父母とも似ていないのだが、祖父に言わせると、高祖父……つまり祖父の祖父にそっくりなのだそうだ。

祖父の祖父……（指で数えて）……四代前か。

そうだね。

貴様のその容姿から想像するに、ずいぶんとハンサムな御仁だったのだろうな。

（肩をすくめて）ご婦人方によくもてたそうだから、それなりにハンサムだったかもしれないね。
今話したいくつかのことから、遺伝子情報が似通っていると次世代を形成するさまざまなものが遺伝子的に濃くなるのは分かったと思う。しかしだ。たとえば、うまみ調味料を入れすぎると、美味くなるどころか逆に不味く感じるように、遺伝子情報も似通ったものが重複しすぎると、優秀とされている遺伝因子も、その固体にとって害をなす因子になることがある、ということだろう。
また、異なる遺伝子情報の結合は多様化をもたらすが、似通った遺伝子情報の結合では多様化を 引き起こす条件が少ない。
生物の進化は、その多様性をもって、生存環境への順応をしていく先にあるのだと思う。

理解できたような、そうでないような。
なんとなく煙に巻かれた感があるのは否めないな。

……説明が下手ですまないね（苦笑する）

（手にしているメモ帳をパタンと閉じて）
さて、お勉強の時間は終わりだ。

(顔を上げる)もう、いいのか？

なにがだい？

その……私と足柄の話だ。

ああ、さっきに足柄から聞いた話を掛け合わせて、だいたいの問題は把握した。
ここからが本番だ……那智、服を脱きたまえ（言って自分もシャツの第二ボタンを外す）

……！！　（グラスを握りしめたまま、じり…腰が引ける）

話を聞くまでは、どうするか決めかねていたが、これが一番手っ取り早いようだ（上から下にゆっくりとボタンを外していく）

結局……こういう流れに……なるのだな……（嫌悪に顔が歪む）

（手首のボタンを外しながら）命じてはやりたくないのでね、自主性を重んじるよ。

……自主性……？
聞いてあきれるな。自主性に対して失礼千万だ。

（半裸の状態で那智に対峙する。シャツの合わせの隙間から、下着が覗いて見える）失礼を重ねて伺うが、那智、君は気持ちの良いセックスをしたことがないだろう？　足柄以外とは。

………。

おや、足柄ともさほど気持ちいいと思ってないかな（かすかに笑い、あからさまに煽っている）

貴様……。

足柄はしょっちゅう君に求めてくるだろ？　どうだ？

………(目をそらす）

私が今言ったことが当たっているなら、それは満足していないからだ。
満足できないのは、片方だけの問題ではないが、君たちの場合は、まず君に問題があると、先日足柄を抱いて、漠然と感じたんだ。だから今夜、君を呼んだというわけだ。

……私にある問題とは……なんだ？

相手が人であれ艦娘であれ、抱かれて心から満足した経験がないだろう？
そもそも抱かれたこと自体も少ないか？

………（視線が地を這う）

気持ちの良いセックスっていうのは、生まれながらにできるものじゃないからね。カナリヤの鳴き方と一緒で、指南相手と経験値が大事なんだ。
人間ですらそうなんだから、君たちはもっと無理な話だろう。
重巡以上の建造艦の養育課程に性教育が入っているが、実地訓練はせいぜい数回程度だ。
それも同性の養育艦とがほとんどで、将来起こるかどうかも分からない人との性交の際に事故が起こらないよう、流れや作法を一通り教えるだけだからな。
そんなもの、セックスとはとうてい言えんよ。

つまり貴様の持論は、性交は気持ちよくなければならない、ということか。

もちろんそうさ。
もっとも、私も異性とのセックスで、心底気持ちが良いと思った相手は、たった一人だがね。その相手と結婚してみたが、私のわがままで離縁した（やや自嘲気味に笑う）

碌でもないヤツだな。
……気持ちよい思いをしたなら、なぜ別れたんだ？
ケッコンしたままなら、ここに来ることもなかったのではないのか？

人間同士の結婚は、いわゆる君らとのケッコンとは意味合いがまったく違うものだよ。
結婚しているからといって、常に伴侶が身近にいるわけじゃない。
軍士官は転勤族だ。ある程度考慮はされるが、そのことで出世をフイにしたくない士官は別居してお互いに単身赴任という連中も多くいる。

……確かに、二人前の提督は、奥方はいるが、別の鎮守府に所属していると言っていたな。

（苦笑するように軽く息を吐いて）……確かに、彼とのセックスで身も心も満足できた。しかしそれで良しとは、私には思えなかった。
……彼女と体を重ねることなぞ、この先一生、たとえ世界中の海が蒸発しても叶うことはないだろう。
それでも好きな人の傍にいて、見守るだけでもしたかった。
だから今が、私にとって一番幸せな時なのさ。くだらぬ利害や出世のための画策もしなくていい。それも気に入っている。

……すまん。

何が？

いや……他意はなかったのだが、貴様のプライベートに踏み込んでしまったなと。

別に。相手は君だし、私も今、君のプライベートに土足で踏み込んでいる最中だからね。
アンフェアなのは、私自身が嫌いなんだよ。

……確かに……
貴様が言うとおり、私は性交にあまり良いイメージを持っていない。
初めての相手が『那智』だったからというよりは、そのあと、二番目以降の赴任先でいろいろあったからな。アレを入れられるのは、ただひたすらに痛いだけだ。
戦闘で受けた傷と違って、体の中から受ける痛みだからだろうか、慣れたためしがない。
女の提督を抱く機会も何度もあったが、あれもよくわからない。
どちらも始まると、頭のどこかでカチリ、と音がして、あとは終わるまで、何かに閉ざされたような感じで……水の中に閉じ込められている……とでも言おうか……。

………。
足柄との時も、同じ感覚かい？

……いや……それはない。逆に感覚が研ぎ澄まされたような感じがある。
足柄が触れた部分《ところ》や、足柄を触れた部分《ところ》が過敏になりすぎて、どうして良いかわからない。

だから、そっとしか触らない……いや、触れないのか。
……ふむ。やはり君は性教育を一からやり直す必要があるようだな。

（サッと顔色が変わる）

そんなに警戒しなくていい。嫌なら今すぐその扉から出て行っても構わない。
だが那智。今ここで出て行くなら、この先遠くない未来に、足柄と君は決裂するかもしれんよ。

……（何を言い始めたんだ？　という顔でカワチを見上げる）

私はエゴイストでね。
自分にとってより良い艦が欲しいし、それを手に入れるために、手段も労力も、惜しむ気はさらさらない。
さらに言えば、自分や自分の艦にとって、将来マイナスになりそうな因子は、何が何でも取り除きたい。
つまり今私は、私の目の前にいる艦がもっと良い艦になることを大いに望んでいるし、多少人道的でない手段を使ってでも後顧の憂いは取り除いておきたい。
（那智にゆっくりと手を差し伸べる）

（やや怯んで、後ろにのけぞる）

……那智……虎よ、お前の牙と爪、私に研がせてはくれまいか？
私の与えるものを受け取り、溺れ、そしてそれを足柄《狼》に与えてやれるようになって欲しい。

その言葉……偽りは……

それはお前の、受け取り方次第だ。

……わかった……
そこまで言うのなら、貴様にこの身、委ねよう。
（口もとはかすかに笑っているが、目は笑っていない。やや恐怖を感じている）

（ギラッと目が光り、口角が上がる。今まで誰にも見せたことのない表情がある）
（那智を抱き寄せて）ここから先は、真剣勝負だ。

おはよう……（部屋を見回して）……ふむ（自分のデスクにつく）

ヒナセ提督。

（鳳翔が淹れてくれたほうじ茶を受け取って妙高のほうを見る）
まだやってんだ。

はい。

そっか……（視線を落とした先には、卓上のカレンダー。三日分の数字）……長いね。

……はい。

………（肩越しに妙高を見る）

大丈夫です。

……そう？

ただ……二人が、体を壊さなければと。

食事は？

一応、妖精さんたちに届けさせています。
召し上がってはいるようです。

そう……そっか。

……長いね。
（海のほうを見ながら）隼鷹。

あ？　はい？　なんざんしょ。

悪いけど、ヒトヒトマルマルに、ウサギ小屋に日向を連れてきて。

へぇい……てか、アタシもですかい？

うんそう。

ぅぇいー。なーんかまた、碌でもないこと押しつけようってんじゃないでしょうねぇ？

（肩をすくめてから、またくるりと椅子を回してデスクに正対する）
とりあえず、ざくっとひと仕事、終わらせますか。
鳳翔さん、書類関係は、適当に振り分けてやっちゃって下さい。
頭数《あたまかず》がいるなら、武蔵や長門にも手伝わせていいですから。もちろん赤城も。

了解しました。

妙高さん、足柄……じゃなくて、羽黒も貸して下さい。

足柄も大丈夫だと思います。

そう？　じゃ、足柄もお借りします。
目が離せませんか？

いえ、あの子も大丈夫ですよ。
結句、誰のためか、理解していますもの。

……そう（手帳を出して、何かを書き付ける）
……あ。

？

ハロウィンの飾り付けの準備がゼンゼン進んでない。

カワチ提督のご担当でしたね。

うん。すっかり失念してた。
じゃ、ついでにそれもみんなでやっちゃうか。分かる分だけでいいや。
午後は畑組と内職組に分けて全員作業ってことで。
組み分けは……

昼食時に、くじ引きでもさせましょうか。

ああ、それいいね。そうしよっか。
電、作ってくれますか？

はいなのです。

（にこ、っと口もとだけで笑って）よろしくなのです。

（相変わらずの茶番だなーと、小さく鼻で笑う）

……ふむ。了解した。
いつから始めたらいいんだ？

ヒナタが気にならないんだったら、明日からでも。

……私に監視させようというハラではないだろな。

やめてよ、人聞きの悪い。
今後、もしものために、もうひとつくらい建てても良いんじゃないかって、ちょっと真剣に思っただけだよ。……ねぇ、隼鷹。

ちょっと待った。なんでアタシが引き合いに出されんの？

いや、君らが今のところ使用頻度が高いんで。
困るでしょ？　使えないと。

……あのねぇ……。ったく、アタシらのこと何だと思ってんだろねぇ、このヒトは。
以前ほどのべつ幕無しじゃないし、あいつはそもそも聞き分けが良い。
使えないなら使えないで、自分を律することくらいできまさ。
……てかてーとく。変なとこに気が回りすぎじゃない？　こういうの苦手でしょ？

……苦手というか……というかですね……。
一応私も『元』とはいえ、パートナーがいたんですけど。
もう二十年以上前の話だけどさ。

……え”！？（びっくりしてヒナセと日向を交互に見る）

（そのとおり、とうなずく）『ヒナセ』は亡くなったパートナーの姓だったな。

だよ。……だからさ……こういうものの大事さってのは、なんとなくだけど、理解できてる。
今の私には必要ないってだけでね。

（口をぱくぱくさせている）

……実際の結婚生活は三日間だけだったし……当時の私は『結婚』てこと自体がまったく理解できていない子供だったから。
たぶん彼は、避妊してくれてたんだと思う。私はまだ学生で、妊娠させるわけにもいかなかったってのもあるだろうけどね。

とにかくただひたすらヤッて、そのまま寝落ちて、目が覚めたらまたヤッて。……朝も昼も夜もわからなくなって……。何か食べてたかって記憶もなくて。
気持ちいいとかどうだとかっていうのも分かんないままだったけど、私を好きだと言う彼を理解したくて……私に手を差し伸べてくれた人を理解したくて、彼に求められるままに……それ以上に、すべてをぶつけた三日間だったかな。
………。
だからまぁ、なんとなくなんだけど、今、カワチたちは本気なんだなって。

………。

………。

本気で……ぶつけ合ってるんだ。……魂を。

……ん……（目がうっすら開く）

……てい……とく……？

うん。大丈夫か？

（汗で顔に張り付いた髪を、汗を拭うように退けながら）……体が……重い……。

（那智の唇に指先でそっと触れて）……水をやろう。

……いや……いい……（ぐったりと動けない様子）

ぬるいのしかないが、そこは勘弁してくれ（視線だけで那智を見下ろしつつ、ペットボトルから直接に水を口に含む）

（喉が潤ったことで、大きなため息が出る）
……肺が……熱い。罐が暴走しているようだ……。

………（那智の様子を見ている）

……あれは、何だ？

ん？

あの感覚は……一体何なんだ……？

もしかして、初めての体験だったかい？

……いや……。……いや……そう……かも……。

イけたのなら、それは重畳。

イ……？

orgasm……というヤツだよ。
初めてだろうがそうでなかろうが、そのあたりはどうでもいい。
私とヤッてイけたのなら、これほど嬉しいことはないね。

………。
（じわ、と顔が赤くなり、ズルズルとカワチに背を向ける）
……貴様は、本当に、デリカシーが、ないな……（まだ息は上がったまま）

いやぁ、それほどでも（にこ、と笑う。いつもの自信満々な笑みに戻っている）

（背を向けたまま）褒めてない。

君はそうかもしれんが、私にとっては褒め言葉だよ（すっと那智の肩を撫でる）

（ひゃっっと小さく肩をすくめる）……っっ！

（反応を楽しむように、指を那智の首に這わせる）

（ビクビクとさらに小刻みに反応して）……やめ……っ……

うむ、いい声だ。
……さて那智、風呂に入らないか？　髪まで汗みずくで気持ち悪いだろう？
（立ち上がって）湯を張ってくる。

………。

（那智の髪を湯に晒しながら、洗ってやっている）

　（居心地悪そうに）……楽しそうだな。

ああ、とてもね。

　あ……——っっ……き、貴様は、誰にでもこうやるのか？

いや……そうでもない。
妙高さんの髪はまだ洗ったことないな。

　………。

……（機嫌が良い）

　……失礼なヤツだな。

ん？

　今、妙高姉のことを考えていたろう。

そうだねぇ……彼女の髪も、この髪と同じくらい手触りが良いのだろうな、と考えていた。

　……地獄に墜ちろ。

褒め言葉と取っておくよ。

　……っ……。

かわいい娘《こ》だ。

　き……貴様……は……本当に女か？

正真正銘ね……ホラ…（ぎゅ、と那智に抱きついて、自分の胸を那智の背中に押しつける）

～～～体のほうじゃない。中身だ、中身！
（広くもない湯船でバシャバシャと暴れて河内から離れ、向きを変えて対峙する）言うことやること、ただのセクハラ親父だ！
（背中を湯船に張り付かせて、カワチからできるだけ離れて威嚇する）

（威嚇する那智をほへ？　っと見ていたが、やがてニカっと笑い）
なかなかの褒め言葉を頂いたな（言って、素早く那智の足首を右手で捉え、やや乱暴に持ち上げて自分の肩に載せる）
次は応用に移行しようかと思っていたが、その前にがつりと復習をやったほうが良いようだ。
（体を前に進め、那智に覆い被さるようにして言う）

ま……待て……。

意識が飛びすぎない程度にやるから、私がやることとその身に受ける感覚をよく憶えておきたまえ。
（耳元でささやく）私に溺れたりするなよ。これを狼に与えてやれるかどうかは、今からのお前にかかっているのだから（そのまま那智の耳を、べろり、と舐める）

っっひぁ……

……煙草……吸うんだな……。

イヤ……滅多なことではやらんよ。一箱買えば一年くらいある。
半分も吸わなくて、捨てることも多いな。

もったいない。

不味くなるからね。湿気るのか、乾燥しすぎるのか、単に風味が飛ぶのか……。
理由は分からん。

……ふうん……。
ではなぜ吸う？

さてね。極端に疲れた時とか……かな。
戦闘時間が長すぎて、へとへとになってるときが、多いね。

なるほど……じゃ、今はそれなのか。

……そう……かもしれない。
すまない……臭いだろう（煙草を消す）

気を遣わなくていい。いつだったかの提督はヘビースモーカーだった。

（肩をすくめて）私が気になるのさ（立ち上がろうとする）

………。
（とすん、とベッドにまた腰掛ける）

あ……提、督……。

なんだい？

（上半身をやや起こして）………その……

（那智を見ている）

……イヤ……その……。

ん？（やや怪訝な顔になる）

ア——……（言いよどんで）……イヤなんでもない。

（ニコ、と微笑んで、那智の手を取り）
私のことは好きなように呼び給え。私はそれを受け入れよう。

………（闇の中でカワチを見つめ、一度目を閉じてカワチの発した言葉を反芻して 再びカワチを見る。嬉しくて涙が出そうになるが、それをこらえて声を絞り出す）
……アキラ……。

うん。

アキラ……。

那智……私の虎——……ん……

……では行こうか。
那智。

……つ……数日ぶりに拝むと、さすがにまぶしいな（苦笑気味に笑う）
（腕時計を見て）マルハチゴーマル……ちょうど良い時間かな（司令部棟に向かって歩き出そうとする）

あの……アキラ？

（立ち止まって振り返り）なんだい？

その、ひとつだけいいか？

なんなりと。

貴様の名前を呼ぶのはプライベートだけにする。
パブリックでは今までどおりだ、いいな。

好きにしたまえ。
そうそう、妙高さんもプライベートでしか、名前で呼んでくれないね。
そういうところは姉妹でよく似ている（クスクスと笑う）

……なっ……んだ、と！？

しかし、プライベートだけ名前を呼ばれるというのも、こう、秘密めいた背徳感があって良いね。

（呆れて物も言えない）

さてしかし……今日のところは隼鷹たちに譲るとして、早々に足柄を抱いてやり給えよ。学習したことを忘れないうちに。

ばっ……。余計な世話だっっ！！

なに、私たちには気兼ねはいらん。その気になれば、野っ原でもどこでも。

姉上のためにも、せめて屋根のあるところでやれ！

いやー……なかなかアレで怖い姉君だからね。
ま、私のほうも頑張るから、君も頑張り給え（はっはっは…と笑う）

（真っ赤になりながら）……地獄に墜ちろ！！

んー……最上の褒め言葉だねぇ。

（鼻歌）

（バインダーで口もとを隠しながらカワチに）ここんとこ、ずーっと機嫌良いねぇ。
なんだか日に日にツヤッツヤになってるし。

（同じくヒナセに）“メンテナンス”が行き届いているんだろう。
片割れのほうも日に日に調子が上がっている。

（バインダーをデスクに戻して）ま、なんにせよ、艦の調子が良いってのは、悪いことじゃない。“離れ”の稼働率も上がってるようだし、やっぱもう一棟建てるのは正解かな。

（おや、とヒナセを見る）これはまた、寛大な。

だって……ウサギ小屋の風紀が乱れているようなんで。

………（笑顔が固まる）

（書類になにやら書き付けながら）同意を持っての行為のようだからそこは別にツッコまないけど、夜回り業務中ってのは、ちょっと頂けない。
それなら、きちっと管理できるようにしとくのが、基地責任者の務めってヤツなので。

というか司令官、当番じゃないときはきちんと休んで下さい。

トイレに起きたついでにぐるっと見てるだけだよ。
わざわざ巡回まではしてない。
……せめて裏でやってよね。いくら電探仕様の目だからって、物陰までは見えないんだから。

心にとどめ置いておきます。

（書類を鳳翔に渡し）それか……専任艦で対になってる子たちに、専用の部屋を与えた方が良いかな。
人と違って艦娘は、一度対になるとよほどのことがないと離れたりしないし。

……ふむ。

あー……てーとくー、意見具申いいすかー？

んー？　どーぞ？

それねー、アタシゃ反対。今のシステムがベスト。

そーなの？

少なくともウチはねぇ。……だけど、たぶん足柄んトコもそうじゃないかなぁ。
ねぇ足柄。どーよ？

そーねぇ……私たちはできれば四人一緒にいたいわね。
それはそれ、これはこれ、ですもの。

へー（手帳を出して書き付ける）

あとさー、さっき言ってた『よほどのことがないと離れない』は確かにそうだけど、だからってケンカしないわけじゃないからねぇ。気まずい時に一緒の部屋ってのは、アタシゃ勘弁して欲しいね。クールダウンって必要でしょ。

私たちは逆に、一人になりたい時に“離れ”を使ったりするかな。
そうねぇ……“離れ”は別にソレだけのためにあるわけじゃないから、今のままで良いのじゃないかしら……と、（挙手をして）姉妹の意見は一致してます。

そっか（ふーん、と半分納得顔）
そんなもんか。

このあたりは彼女たちのほうが一日の長がありそうだな。

そーだねぇ……我々のほうが分が悪いか。
なにせ『結婚生活が短すぎたよね組』だもんね。

左様左様（苦笑しながら肩をすくめる）

じゃ、さっきの案は却下ね……“離れ”を増築する案については……

それは賛成。

早っ。

妙高姉さんが『ウサギまみれやアオカンなぞ許されない！』……と、さっきから那智が喚いています。以上。

（バインダーで笑い顔を隠しながら）ＯＫ……じゃ、そのようにしようか（ぶくくくく、と笑っている）

……司令官……。

（バインダーから顔を上げて、指先で涙を拭いながら）
ところでさ、足柄。

はい？

カワチがさ、なんで妙高さんに頭が上がらないか、知ってる？

ヒナセ、貴様！！

（カワチに、にやー、と悪い笑みを送る）

え？　姉さんのことが好きだから、じゃなくて？

それもあるけど、もう一つ理由がある（ニヤニヤ笑いを止めない）
ね、カワチ提督。

……この悪魔め（苦々しく）

姉思いな妹たちに、このくらいの情報は流しても良いんじゃない？
じゃないと、ウサギ小屋のランデブーを止めそうにないからさー、ウチの副司令は。

え？　何なの？　なんなの？（ワクワクしながら訊く）

お祖母さまだっけ？　ねぇ、レーコさん。

知らん！（赤面して ぷい、とそっぽを向く）

……提督（ヒナセをたしなめる）

カワチが唯一頭が上がらない人がお祖母さまなんだけど、雰囲気がそっくりなの。
ウチの妙高さんをはじめて見たとき、誰かに似てるなーって思ってたんだけどね、最近思い出した。
士官学校時代に遠目で見たんだけどね、ナカナカ矍鑠とした、でも上品な方だった。

お祖母さま？　そりゃまた……。

それって……ババ・コン？？

（足柄に）せめて『グラン・マ・コンプレックス』って言ってやんなよー（苦笑する）
てか、広義のマザコンだねぇ……ま、いんじゃない？　ウチの提督《ダンナ》らしいや（うひゃひゃひゃひゃひゃ、と笑う）

（ヒナセに）君ってヤツは……。

（にひゃ、と人の悪い信楽焼のタヌキ顔になり）……そういうとこ、人間くさくて好きだよ、レーコさん。

（不意を打たれて、毒気を抜かれた）………。
（視線が泳いで）……いや……その……。

お……。
（肩をすくめて）ウチの提督《ダンナ》も、めんどくさいお人だねぇ（小さく独りごちる）

妙高です。ご依頼のあった資料を持って参りました。

（笑いをこらえながら）どうぞー。

い……いや、何でもないよ。
（妙高からファイルケースを受け取ろうとするが、手が滑って落としてしまう）わ……す、すまない（慌てて拾おうと屈む）
（遠景では那智が電にファイルケースを渡しながら音のしたほうを見ている）

大丈夫ですか？　提督。
（同じく拾おうとして屈むが、タイミング悪くカワチと盛大にぶつかってしまう）きゃ……。

大丈夫か、姉上（妙高に手を差し伸べながら）貴様は何をやっているのだ！（カワチを叱責する）

（苦笑しながら）いやはや、まったく。

（那智が持ってきたファイルケースをヒナセのデスクに置きながら）
いけないのです、司令官さん。

（ヒナセに寄り添って耳打ちする）電ちゃんの言うとおりです。
そろそろいい加減になさいまし。

（小さくなりながら）……はい、そーします。

（行儀悪く頬杖ついて）なんだかもうグダグダだねぇ。

（同じく頬杖をついて）仲が悪いよりは良いんじゃないかしらねぇ。

……ここでそれアンタが言うのは、アレだけどね。
その後、てーとくとはどうなのさ？

一度も（両手を軽く広げて肩をすくめる）
那智のほうが断然イイから。

あ・そ。これはまたごちそうさまで。

これでは仕事になりませんね。
電ちゃん。少し早いけど、小休憩しましょう。
お茶を淹れるので、手伝って下さいますか？

はいなのです。