へっぽこ・ぽこぽこ書架

提督、『明石』が到着しました。

（書類から顔も上げずに）はいはい。じゃ、いつも通りで。

はい……あの……。

（書類にサインをしながら）報告のあと、そのまま作業に入ってくれたらいいですから。

いえ……それが……

ん？（顔を上げて）……げ！　

やぁ（にっこりと微笑んで、片手を上げる）

な……な……（目の前にいる者を認めて、口をぱくぱくさせる）

………（ヒナセとカワチを交互に見ている）

………（カワチとヒナセを交互に見ている）

なんでオマエがいるんだよ！？　！！！！

（っはっはっは、と笑ながら、書類を差し出す）今日からここに着任することになりまして。

はぁ！？（出された書類を奪うように取って、見る）……げ。
（がばっと顔を上げ）なんで！？　てか、なんで？？

ヒナセ司令、言葉が崩壊してますよ（笑う）

てか、何したんだよ！？

ちょっと他所の上官を。

はぁ！？

あまりに失礼でね。ちょっと撫でたら、顔の形が変わってしまった。
たぶん、半永久的に。

………（ふたたび口をぱくぱくさせる）

それで姫提督から「ほとぼりが冷めるまで、辺境勤務をしろ」と。

……辺境ー？　本部からさほど離れてないし、ここ。

出世コースから外れきった基地であることは間違いないだろう？
たぶんそういう意味さ。

……相変わらず失っ礼だな、オマエは！

それが私の信条《ポリシー》でして。

け！

（サッと敬礼をして）――というわけで、改めてよろしくお願いします。
カワチアキラ《大佐》、着任しました。

（思わず釣られて敬礼するが、それに気が付いて渋い顔をする）
……正直、宜しくしたくないけど、正式な辞令を拒否できないからね。
どのくらいここにいる気かは知らないけど、とりあえずオマエさんの部屋はないよ。

どこででもいいですよ。なんなら艦娘たちと一緒でも。

それはゼッタイにダメ！！　風紀が乱れる！！

ひどい言われようだなぁ。

ひどい？　ちょーっと自分の胸に手を当ててみな！

（胸に手を当てて目を瞑り、しばし考える）……うーん、これといって特には。

思い当たらないなら、しばらく納戸で……いや、外のポンプ小屋で十分だ！！（窓の外を指さす）

はいはい。どこででも結構です。

（カワチを睨んだまま）明石！！

は、はいいい！！（文字通り、飛び上がる）

今回の作業予定表！

はい！　ここです！！（シャキーン、と最敬礼でペラ紙を出す）

（奪うように受け取って読む）……ふむ。
（明石をジロッと睨み）ＯＫ、許可します。ただし、官舎の増築は最後にやること。

えええー……（カワチのほうを見るが、カワチはニコニコしたまま）

（明石への視線を外して）返事！！

は……はい！　All right. Yes, Ma'am.

鳳翔！

……はい（諦めたように薄く微笑んで）

今日の予定は全部キャンセル。私は里芋の世話をします！

……了解しました（今にもため息をつきそうな顔で）

すみません鳳翔さん……電も。

いえ……いつものことですので。

そうですか……ならば重畳。

（おや、という顔）

なかなか素顔を見せてくれないのでね、ヒナセは。
明石もすまなかったね。

いいえー……でもあんなヒナセさんを見たのは初めてです。
あんなふうに怒ったりするんですね。

明石はヒナセとは付き合いが長いのだったね。

ええ、それなりに。
お互いにアサカ提督の秘書をやってましたし。
もちろんその頃のヒナセさんは『提督』ではなかったですけど。
だから、「ヒナセさん」って感じのほうが強くて、私は（あはは、と笑う）
カワチ提督は、ヒナセ提督と同期でしたっけ？

そう。士官学校のね。

じゃ、昔からあんな感じなんですか？　カワチ提督に対しては。

まぁね。かわいいだろう？

（ええ？　という顔で）……いや……ま（視線が地を這う）
『たで食う虫も好き好き』ってヤツですかね？

それはヒナセには言わないように（くつくつと笑う）

そりゃー……もう。
とりあえず、カワチ提督の部屋の増築は、できるだけ早くやっちゃいます。

いやいや、大丈夫。こう見えても雑な扱いには慣れているし、どうということもない。

そう仰っても……明石さん、是非そうしてあげてください。
たぶんもう大丈夫ですから。

（鳳翔に）ですよね。
（カワチに）ああやって一度口から出しちゃえば、かなり抜けてるはずです。
（再び鳳翔に）ねぇ、鳳翔さん。

ええ。ガス抜きすれば、いつもの提督に戻られます。

なるほど。じゃ、そこはお任せしましょう。
ちょっと、ヒナセと話をしてきます。里芋の畑……ですか？　どこです？

では、近くまでご案内します。

ありがとうございます。

ヒナセ。

………。

そう釣れなくするなよ。

（肩越しにこっちを見て）……本当はなに？

本当って？

姫提督から何を言われた？

特にこれと言って。……まぁ、ここくらいの距離のほうが、適度に監視もできて、適度に姿を隠せる……というところだろう。

それだ。

なんだ？

（カワチに完全に向き直る）監視。

ああ、監視だね。

ほらみろ。

監視対象は、私だよ。

………（口がへの字になって不機嫌なアヒルのような顔になる）

疑り深いな。

仮に本当のことだとしても、にわかに納得も安心もできない。

何か後ろ暗いことでもあるのか？

教えない。

その態度だと、「ある」んだな。

………。

そんなにウソが下手だったか？
私の知ってるヒナセは、もっとポーカーフェイス……というか、他人に興味を向けない人間だったがね。

それは買いかぶりでしょ。

だねぇ（くつくつと笑う）

………（怒りで顔が赤くなる）

ところで……（上着の内ポケットから、封筒を取り出す）

（警戒してちょっと身構える）

これ……（封筒をヒナセに差し出す）
アサカ次長からの親書です、司令官。

はー？　親書ぉ？　（受け取って読む）

………（待つ）

（手紙）『ヒナセ少将
　前略
　命令書の通り降格人事があり、
　カワチアキラ大佐をしばらくそちらの基地で預かって頂きます。
　降格理由は、カワチ少将が第五部長に対して暴力行為を行った
　ためです。』

（マジだったよ…という体で顔を上げ、再び読む）

（同）『原因はどうやらあなたのようだから連帯責任ということで。』

私は関係ない！！

（ヒナセの反応を見て、愉快そうに微笑む）

（そんなカワチを見て、盛大に顔をゆがめ、さらに読む）

『……というのは半分冗談で、
　カワチ大佐に対する第五部の報復がないとも限らないので、
　いちばん安全なところに避難させます。
　他に考えられる分基地や出先機関がないので宜しく。
　折を見てこちらに呼び戻す予定ですが、いつになるかは未定。
　そちらも人手が足りなくなっているように見受けられるので、
　ちょうど良いでしょう。
　しばらく同期二人で仲良くやって頂戴。
　今回の人事について、いくつか注意事項を伝えます。
　定時報告書には、しばらくはカワチ大佐のことは記載しないこと。
　カワチ大佐が就く役職は、今までどおりに、艦娘にさせているという
　体裁で報告をすること。
　カワチ大佐をことを記載するタイミングについては、
　こちらから指示をします。
　以上、宜しく。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　アサカヒロミ』

……（渋ーい顔）ところで、第五部長に何言われたの？

いやぁ……（ニコニコ笑っているが、あからさまに言いたくないという顔）

おおかた、姫提督と私の関係を揶揄されたんでしょ。
そういうのもう慣れっこだから、オマエさんが――

いつものことならさほど怒りはしなかったよ。

あん？

ヒナセ教官のことまで悪く言われたら、『ヒナセ教官ファンクラブ』の会長だった身としては、ちょっと看過できなかった。

……てかなんですか？　その『ヒナセ教官ファンクラブ』って？

君は知らないだろう。そういうのに興味がなさそうだったしな。

知らん！　……というかマジ何それ？

ヒナセ教官は、女性士官候補生のみならず、男子候補生にも絶大な人気があってね。
各学年会の会長が、ファンクラブの会長も兼任していたのだよ。

知らん！　……てか、ヒトのダンナつかまえて、なにやってたんだあんたらは！！

やだなぁ、当時はまだ君の旦那さんではなかったよ（ころころと笑う）

………。

それに当時、君は教官をあからさまに避けていたじゃないか。

……自分たちのメイン教官はなかったじゃない。
私が飛行科からの転入組ってだけで、やたらと話しかけてくるから、すんごい迷惑だったよ。
ほかの女子からは陰口たたかれるし、嫌がらせもされたし。

それについては同情を禁じ得なかったね。
ファンクラブ会長として、そういう行為はしないよう、会員には強く要請していたんだが。

ああ、なるほど、だからか。

ん？

おかげさまで、同期からの嫌がらせは、少なかったよ。
少ないかわりに悪質だったけど。

それはそれは。
通達が徹底できていなくて、申し訳なかった。

……もういいよ！　何年前の話だよ。

ざっと二十ね……

ヤ・メ・ロ！

はいはい。

……なにか仕掛けがあるのかと思ったけど、そうじゃないならもういいよ。

仕掛け？　今回の人事がかい？
私が選ばれた時点で、それはあり得ないよ。

なんでさ？

自分が好きな子に対して、そんな酷いことを、私がするはずもなかろう（にっこりと笑う）

（みるみるうちに顔が赤くなる）……カワチ、オマエ～～～……。

ん？　なんだい？

私はね、オマエさんのそういうところが、大っ嫌いなんだよ！！！
冗談もほどほどにしてよね！！

やだなぁ、冗談なんか言わないよ。

じゃ、しれっとウソつくな！

私はウソは言わないよ。ホラは吹くけどね（ニコニコ笑う）

どっちも一緒だ！！！

ところでヒナセ、ポンプ室はどこだい？

はぁ？

当座の私の宿舎だろう？　荷物を置きたいんだがね。

あそこだよ！　（ビッと指さしたところは畑用ポンプ室。司令部棟から菜園三つ挟んで向こう。宿舎からはさらに遠い）
布団はないよ。ベッドもね。

大丈夫、吊り床を持ってきている。
吊っても構わないだろう？

好きにしろ！
……てかその前に日向に訊いてからにしてよ。

日向に？

日向が施設管理してるから。

了解。そうさせてもらおう。

とっとと行け。

ああ、ではまたあとで。

もうこっち来んな！！

（笑いながら去る）

（カワチが視界から消えるまで見送って）
くそう！！！（移植ごてを地面に叩き付ける）

ヒナコさんは、カワチ提督さんがお嫌いなのですか？

……嫌いじゃないけど、好きでもないよ。

なぜなのですか？

なぜと言われましても……。

カワチ提督さん、ヒナコさんのことがお好きなのです。

……それ、カワチから聞いたの？

違いますのです。いなづまは、なんとなく……そう思うのです。

そう。

ごめんなさいなのです。

（そっと電の頬に触れて）君のせいじゃないよ。君があやまることじゃない。

ヒナコさん、怒っているのです。

……うん。怒ってる。

（首を少し引っ込める）

君に対してじゃなくて、自分に腹が立つの。

ご自分……に、ですか？

うん、そう。
昔からね、カワチを見ていると腹が立ってくる。
頭が良くて、なんでもそつなくやっちゃえる。
表面的な人当たりも良くてさ、建て前と本音をものの見事に使い分けてる。
基本的に礼儀正しくて、君たちへの配慮も完璧だよね。

はわ……すばらしい提督さんなのです。

そう、素晴らしいの。
でもそれが、うさんくさい。
……本音が見えないっていうかさ。

はわ……。

カワチは私に「本音が見えない」って言うけど、それはそっくりそのままお返ししたいくらいだよ。
私にはカワチの本音が見えない。そのクセぐいぐいと距離を縮めてくる。
あれが特に嫌。
……て、そんなことを思ってる自分がもっとイヤ。

ヒナコさんは、ときどきいなづまに言いたいことを黙っているのです。

………。

いなづまは、ヒナコさんの……艦《ふね》、なのです。
（少しうつむいて）その……まだゼンゼン、ヒナコさんにお応えできない……悪い……艦なのです……けど……。

そんなことないよ。……私は、デンがいるから救われてる部分があるんだけどな……。

いなづまはヒナコさんの艦なので、いつでもヒナコさんのお役に立ちたいのです。
だから、なんでもお話してほしいのです。

……うーん……適材適所ってヤツがあってね、君にしか話せないこと……
今だってそうなんだけど……これ、鳳翔さんには、ちょっと言いにくい話で……

それなのです。

はい？

か……カワチ提督さんも、そういうことだと、いなづまは、思うのです。

………。

その……ヒナコさんに話せること、そうじゃないこと……その……

うーん……そっか……。
なんとなくだけど、デンが言いたいことが、分かったような気がします。

なのですか？

なのです。
そりゃ、何でもかんでもぶちまければ良いってワケでも、ないですよね。

なのです。

……にしても、もう少し、本音を見せてくれても良いと思うんだけどな……。

ど、どうどうめぐり、なのです。
ヒナコさんは、よくばりなのです。

……うーん……（腕組みをして悩んでいるふりをする）

……あれ？

（ブリッジのまま、にっこりと笑い）おはようございます。ヒナセ司令。

……おはよう……（完璧に鼻白んでいる）
（素っ気なく）相変わらず、早いねぇ。

司令ほどではないですよ（体を元に戻して）
ジョギングしてきたんでしょ？

まぁね。……ちょっと眠りが浅くて。

それは良くないですな。

……頭痛の種が増えたからね。

それはいけない。そういうのは早急に取り除くべきですな。

……じゃ、今日中にでも鹿屋に戻ってくんないかな。

司令がそう望んで、アサカ次長の命令が下れば、いつでも戻ります。
……君に嫌われてまで、ここにいたいとは思わないよ、ヒナセ。

ねぇ。

ん？

ひとつ訊きたいんだけど。

なんなりと。答えられる範囲にはなるけどもね。

夕べさ、電と寝ててね。

……君が艦娘とそういう関係になるようになるとは、思わなかったな。

どういう関係だよ。ただ寝てるだけですよ。

そうであっても、同衾していることには変わりない。
まさかあのお堅いヒナセ参謀が、規律違反をするようになるとはね。

（ため息をついて）……もういいよ。

まぁ待て待て。ちょっとした冗談だろう？
相変わらずウィットがないな。

なくて結構。どうせ私は石頭だよ。

物理面でも石頭だよね。
いつぞやはたいそう痛かった（あはは、と笑う）

～～～～……。

……で、その電に、なにを言われたんだい？

………。
人の本音を知りたければ、自分からある程度は本音をさらせ……と。

ほう、頭の良い子だな、君の電は。
私もまったくその通りだと思うよ。
ぜんぶがぜんぶ見せろとはこれっぽっちも思わないが、まったく本音を見せないヤツにこちらの本音を見せるのは、かなり怖いね。
君はそのあたり、どう思う？

……うーん……。

ま、あのアサカ提督の側近を10年やっていれば、そうなっていくのも分からなくはないがね。

（肩をすくめる）

ただ君の場合は、それ以前から他人に対してほとんど本音を見せないからさ。
原因や理由は、それだけでは理由としては弱いかなと思ってる。

……左様ですか。

（困ったように笑って、肩をすくめる）

もひとつ訊いていい？

（肩をすくめたまま手で促して）

もし私が、オマエさんにもっと……
……んにゃ、やっぱいい。

煮え切らないな。
そうだな……

いいって言ってるじゃん。

それは君次第……てとこかな。

………。

ヒナセ、君はそんな顔をするが、私は君にはずいぶん本音でものを言っているつもりなんだけどね。
これでも。

……これでも……。

ああ。私は、嘘は言わないよ。

ホラは吹くんでしょ。

相手によってはね。

そ。

（日が昇り始めている水平線を見て）良い天気のようだね。
空気が澄んでて、気持ちいいよ。

……朝ご飯はナナサンマルマルから。遅刻したらないから。
今、育ち盛りが多くて、争奪戦になってる（返事を待たずに司令棟の方に歩き出す）

了解しました。お心遣い、ありがとうござます。

………（そのまま去る）

はいはい、ちょい待ち。ちょい待ち。（艦娘たちをかき分けるようにして進む）
何があ……。

（ため息をついて）カワチ提督、この騒ぎは何？

いやなに……。

それは、なにかな？

いや、その、なに……。

見せて下さいな（手を出す）

ここではちょっと……。

んー？　じゃ、作業小屋にでも行く？

できればそうして頂きたく（布がもぞもぞ動いている）

……じゃ、こっち（顔でくいっと行く方向を指して動き出す）

アイアイマム。

みんな、作業に戻って。ホラ。

こっち（手招きして）

………。

（棚から蓋付き一斗缶を出して、蓋を開ける。中は空）
そのまま、この中に入れて。

すまない……（布ごとそっと中に入れる）

（蓋を閉めつつ）手、抜いて。

うむ……だが……。

いいから。

（素早く手を抜く）

（そのまま蓋を閉める）

……（ヒナセに）おい、大丈夫か？

心配しなくても良いよ。こっち、上に穴明けて、網貼ってるから。

なるほど。

……で、何をつかまえたの？

えっと……ウサギを。

だよね。ウサギは害獣なんだけど？

……駆逐艦たちがそう言ってたね。
だがまだ子供だよ。迷って出てきたみたいだった。

子供だろうがなんだろうが、ウサギは害獣なんだよ、ここでは。
とっとと処分しないと、あとで困ることになる。

慈悲はないのか？

ない。

………。

……そんな顔をしてもダメ。

……では……食えるようになるまで育てるというのはどうだ？

はぁ？

ウサギは害獣として殺したら、肉にすると聞いたぞ。

まあね。タンパク質が不足気味だし。

こいつは、肉が取れるほど大きくはない。

だから？

だから、肉が十分に取れるくらいの大きさになるまで、ここで育てるのさ。

………。

ウサギがときどき畑を荒らすのだろう？

まあね。

成獣を捕らえても、しばらくは飼うんだ。

なんで？

つかまえた子ウサギを育てるのもいいが、成獣はすぐに繁殖できるじゃないか？

……ウサギは繁殖できるようになるまでに、そんなに時間かからないよ。

………。
だったら、成獣は捕まえたらつぶして肉にする。
子ウサギは育てて、成獣になったら肉にする。

知ってる？　育てると情が移るって。
情が移ったら肉にはできないよ？
誰が解体して肉にすると思ってんの。

（む、と機嫌悪そうに）……わかった。私がやる。

………。

育てたウサギを肉にする。責任持って私がやろう。
基地の食糧事情は確かに重大事項だからな。
そもそも、艦たちにそんなことはさせられんよ。

（もー、しょうがないなぁ、という顔で）……ヒナタ。

（まさかいたとは思わなかったので、内心驚いている）

……他人の前で、その名前はやめろと言っているだろう。
すまないな、カワチ提督。話はぜんぶ聞いていた。

明石に言って、図面を引いてもらうから、作ってくれるかな。

お安いご用だ。みんなが喜ぶだろう。

………（一瞬顔をゆがめる）
（日向に）……で、何匹いるのかな？

……は？

（一斗缶を指さして）そいつを入れたら六匹だな。

（カワチに）聞いたとおりです、カワチ提督。
責任取って、しばらくウサギ係ね。
ウサギのエサは、私は面倒見ないから。みんなで確保するように。……どうせ、台所組もグルでしょ。

グルとは人聞き悪いな。台所から出た野菜くずを、捨てずに持ってきてもらっていただけだ。

それがグルっていうんだよ。

そもそも、君が飼っていたウサギが野生化したのだろう？
だったら君にも責任があると、私は思うのだが？

それは半分合ってて、半分間違ってる。何度言ったらわかるかな。
確かに実家での仕事の一つがウサギの世話だったけど、それは私自身が飼ってたわけじゃない。家が、肉とか毛皮とかを取る目的で飼ってただけだよ。
それが、あの件が原因で、残ったウサギが外に出て野生化しちゃったんだろうさ。
他にも馬とか山羊とかもいたから、そいつらもたぶん野生化してる。

牛もいたようだな。

牛を見つけた！？

いいや、まだだ。牛はもういないかもしれんな。

（とても落胆した顔で）……もー。

（ヒナセと日向のやりとりを、目を白黒させながら聞いている）

（くるっとカワチに向き直って）
……つまりは、そういうことなんだよね。

……はぁ。

ウサギは、以前この島に入植していた民間人が飼っていたのが野生化したものだろうと、推測される。

その……民間人は？

二十数年前に全滅したよ。ひと集落三世帯。十五人ほどが住んでた。
……ちなみに、私の実家もそこにあった。父と兄たちが住んでた。
母は私が八歳の時に亡くなったから、災禍には遭っていない。

………。

原因は深海棲艦の急襲と聞かされているけど、実際のところはわからない。
軍がそれと見せかけて……ってことも十分あり得る。どちらにせよ、私が
飛行学生の頃だよ。その事実を知ったのは、士官候補生の時だったけどね。
………。
自暴自棄になった私は、“彼”の差し伸べる手を、つい取ってしまった。
そのあとは、オマエさんが知ってる通りさ。

………。

提督になってここに赴任することを承諾した理由は、この島にに合法的に
戻ってくるためだよ。
だから、私以外の人間は入ってきてほしくなかった。
ここには人間は私一人で他には艦娘しかいない。
私にとってそれが重要だったのに……オマエさんが来てしまった。

……ヒナセ……。

オマエさんが来てしまった……けれど………レーコさん……君で、良かった……。
他の人間じゃなくて……（右手で顔を覆い奥歯を噛みしめて、泣きそうになるのを堪える）

………。

………。

日向。

はい。

図面は出来次第そちらに回すので、カワチ大佐および明石と協力して、
ウサギ小屋を作ること。

了解した。

カワチ大佐。

はっ。

さきほど口頭でウサギ係を命じましたが、明日正式に辞令を出します。
明日《みょうじつ》ヒトマルマルマルに、司令官室に来て下さい。
また、ウサギ六匹は、ウサギ小屋が完成するまで、責任持って世話をすること。
これについて、他の艦娘の協力を仰いで下さい。あとで内示を出しておきます。

（敬礼して）は！　明日ヒトマルマルマルに司令官室に出頭します。
ウサギについても、了解いたしました。

（返礼して）よろしく（敬礼と解いて、足取り重く、部屋を出て行く）

（カワチに）改めて挨拶申し上げる。ヒナセ提督の専属艦の日向だ。
ここの施設全体の管理を任されている。……それしかできないのでね。

……そうか、君が例の日向か（握手を求める）

（握手して）なんだ？　私のことが噂になっているのか？

噂というほどのことではないが、アサカ次長から、多少の事情はね。

そうか。では、あらためて説明しなくてもよさそうだな。

いや、あまり失礼になってはいけないから、ある程度聞かせてもらえると
ありがたいかな。

……ふむ。あなたも変な人だな。
ヒナセ提督ほどではなさそうだが。

……確かに君はおもしろい艦娘のようだ。

まぁそれについては追々な。……では、ウサギのところに案内しよう。
その一斗缶を持ってきてくれ。

ああ、宜しく頼むよ。
（一斗缶を抱きかかえて、そっと蓋を開けて中を見る。
　小さな茶色のウサギがこちらを見上げている）
……ふふ……。

（その様子をみて目だけで笑い）……ま、ヒナセ提督もきっかけが
欲しかったのだと、私は思うよ。

（顔を上げ）そうだろうか。

ああ、きっとそうさ。

（それを眺めながら）そろそろいいんじゃないか？

んにゃ、まだまだ。

こんなに突き固めないといけないものなのか？

人が持ち込んだウサギなら、アナウサギの一種だからね。
あいつらの穴掘り能力をナメてはいけない。

ほう？

本来なら、土台の一番下にセメントを流し込みたいところだよ。
次の便で明石に持ってきてもらう予定にしてるから、届いてからやり替えないと。

だったら、その後日にまとめてやればいいのでは？

今作ってるのは、仮飼育小屋。
これからもたぶん、ウサギが捕まるでしょ。
小屋にいきなり入れるのは無理だから、ここで慣らしてやって、本小屋に入れるようにしたい。

……ずいぶん親切だな。

昔、父さんがそうしてた。

なるほど、失礼しました。

……だから、たぶん意味があることなんでしょ。
やってみるに越したことはないかなって。

……で、本小屋はどこに作る予定ですか？

あのあたり（くるくると回転させながら指差す）を、
こう……（指を矩形に動かす）……こんくらいの大きさで。

ずいぶん広いな。

運動場もいるからね。

ふーん？（ウサギを飼った経験などないのでよく分かっていない）

（カワチの様子を見て、小さくため息をつく）

なんだい？

んにゃ……町の人だなぁって。

………。

他意はないよ。

そう……ですか。

うん。
できれば、ウサギはここにぜんぶ集めたいかなぁ。

………。

ま、無理なお話だろうけどね。どれくらい増えてるのか検討もつかない。
ここにはこれといった天敵もいなかったろうから、増えるだけ増えてるんじゃないかなって。

一度にどのくらい生まれるんだい？　ウサギは。

んーと……五匹から七匹ってところかな。多いときは十匹とか。
でもね、一度に生まれる数よりも、年間を通して繁殖できる回数が他の動物よりも多くて。そっちの方が問題かな。

ほう？

春と秋が繁殖しやすいけど、飼ってる場合は、特にこれと言った繁殖期ってないの。
そこんとこは、人間とほぼ同じかな。もっとも、飼い猫とかもそうだけど。

……なるほど、それであの大きさか。

まぁ、計画的に繁殖して肉にするなら、さほど問題はないかもね。
牛や豚とちがってかなり小さいから、場合によっては一度に十匹くらいつぶさないと、賄えないだろうし。
ついでに皮も取れる。本島に持って行けば、たぶんそこそこの値で買ってくれる業者がいると思う。……憶えているだけでも三軒はあるかな。
もっとも、まだやってれば……の話だけどね。

………。

（絶句しているカワチをチラリと見て、かすかに肩をすくめる）
どのみち近いうちに行くから、アテを訪ねてくる。

……大丈夫なのか？

なにが？

本島は今、いろいろと規制が厳しいときいたが？

ちょっとしたカラクリがありましてね。
規制が厳しいと言ったところで、本島だけでも百万人から住んでる島だし、ナーファなんかいちおう観光地だから、人間がひとりふたり紛れ込んだところで誰も気がつかないよ。

………。

何？

いや、恐れ入ったよ。

そ？
ああ、このことは、次長の了解済みだから。

……いや……そういうことでは……。

妙な報告をされちゃたまらないからね。

……信用がないな。

まだ確信が持てないからね。

（肩をすくめて）その疑り深さは、きっと君の身を助けるだろうよ。

あ、そ（肩をすくめる）
……ここは一般航路からも外れたところだし、そもそも軍が規制しててこの海域に一般船舶は入れないようになってる。本部とは複数の通信手段で繋がっているけど、ちょっと嵐がきたり雨が酷かったりしたら、物資が途絶えがちになる。だから、自給自足の手段をいくつか確保しておかなきゃならないし、畑を荒らす動物は害獣として駆除しなきゃいけない。
駆除のついでに肉が取れて、皮が取れて。なんらかの換金手段があるなら、それらも目一杯使わないとね。

なるほど。
……ヒナセ司令。

はい？

（ヒナセに敬礼をして）
あたらためて、小官の着任をご許可頂きたく、お願い申し上げます。

………（しれっと見つめていたが）
先日も言ったけど、正式な辞令が出てて、アサカ次長が親書まで送ってきてることに対して、私は異を唱えるすべを持ってないんだよね。

それとは関係なく、小官はヒナセ司令官の下で働きたく存じます。
その、つまりは……幕僚として。

……ウチは小さな基地だからね。私一人でもなんとかやっていける。
部下の数も、足りてるどころか余ってるくらいだよ。
じゃぁ編成に就ける艦娘の数はどうかって話になったら、これは反して少なすぎる。
時期によっては艦隊どころか戦隊編成だって組めるかどうかもアヤシい。
そんな基地の司令官兼艦隊司令が、幕僚なんてご大層なものを持てる身分じゃないと思うな。

「なんとか」じゃなくて、もっと余裕のある基地運営をするための人員が小官であると、意見具申しあ――

――ただまぁ、私が基地不在の際に何か不測の事態が発生すると、判断と対応が遅れて必要以上に損害が大きくなることが、ままあるんだよねぇ。
……以前、訓練のためにここを留守にしているときに小火:ボヤ》騒ぎがあってさ。
緊急電を受けて急ぎ戻ったら、火は消えていたけど、倉庫の一部が丸焼けになってて……しばらく大変だったな。

………。

だからまぁ、もう一人くらい、人間がいたほうがいい。
……そういうことだから、まずは手始めに、ウサギ係をやっててよ。
仕事なんて、作れば無限にあるんだ、ここの生活ではね。

（カワチの顔がぱぁぁ…と晴れる）

あ、一応釘を刺しておくけど、幕僚として受け入れるのは、たぶん無理でしょ。たぶん本部が許可しないよ。
そもそも、ここに飛ばされてきた理由を思い出してよね。

あ……そう、でした。

……私なんかの下に就きたいなんて、気が知れないよ。

（顔を盛大にゆがめる）ヒナセ……その……。

（その様子に肩をすくめる）悪いね。でも撤回しない。
気が知れないのは本当のことだから。

君はそう言うが、上司として悪い方じゃないと思う。
ここの艦娘たちは皆伸びやかで生き生きとしている。
君が等しく気にかけて面倒を見ている証拠だ。

艦娘には親切でも、人に対しては親切じゃないかもよ。

世の中のすべてにおいて親身になる必要はないさ。

……私はね、オマエさんのそういうところが、胡散臭い。
だから苦手なの。あと、距離が近いところも。

（苦笑しつつ息を吐いて）それはどうも。
距離に関しては気をつけましょう。
態度については……少々目をつぶって頂ければ助かります。
人間、自分に嘘をつき続けていると、いつの間にかそれが肌のようになってしまって気がついたときには自分でも剥がせなくなっている。
私のこの態度は、それと同じようなモノなんだよ。

ふうん。
初めて会ったときからそうだったから、てっきりもともとの性格だと思ってた。

子供の頃はもっと天真爛漫だった。

……（ものすごく胡散臭そうな顔）

はははは。

カワチ大佐。

はい？

（カワチに握手を求める）まぁ、あらためて、よろしく。

（ヒナセの手を握り、柔らかく「にこ」笑う）
ありがとうございます。

まぁ、私の仕事を邪魔しないでくれたら、それでいいよ。

善処しましょう。

あと、ぐいぐい距離を縮めてこないこと。
オマエさんは大きいから、圧迫感がひどい。

ははは、それは失礼。努力します。

どうやったらそんなに大きくなれるのかな。

メシをたくさん食べただけです。特にコメ……ですね。

あー……コメねー……。

でも、その体格だから、飛行機乗りになりやすかったでしょ。

んにゃ、そうでもない。ギリギリの高さなんだよ。
だから体格検査の前の日に、頭のてっぺんにたんこぶを作ろうとして、
叔父に見つかってしこたま叱られた。

……それはそれは。

叱られてる最中に、叔父から頭のてっぺんにゲンコツ三回もらってさ。
それでできたたんこぶが、身長を測られるときにめちゃくちゃ痛かった。

（ぶ、と吹き出す）

なので、飛行学校時の検査で記録された身長を、公称してる。

何センチなんだい？

一五九。

実際には？

一五八。

……叔父上に感謝しないとな。

まぁね。
……ところでさ。

はい？

オマエさん、一時期名字が変わってなかったっけ？

ああ、二週間ほどね。結婚してたから。

……あ、そう。

若気の至りで、相手がすぐに婚姻届を出しちゃってねぇ。

若気……って、三五超えてたでしょ。
……で、独身主義で遊び人のカワチ提督が、また何の気の迷いで結婚したの？　相手は確か……

コダニ主計中佐だったね。

ああ、そうそう名札の頭文字が『Ｋ』だったからぱっと見分からなかったんだけど、なんとなく違和感があったから注意して見たら、『ＫＯＤＡＮＩ』になってて、姫提督にそれとなく訊いてみたら『結婚したようよ』って言われたんだった。

さすがヒナセ提督、目ざといですな。
あの時は大変でねぇ。
コダニ中佐があちこちに言いふらすものだから、ちょっとしたスキャンダルになっていた。

それが嫌でスピード離婚したとか？

いやーそこまで酷い人間じゃない。
そもそも、結婚自体が早計すぎたのさ。

は？

はははは……その……実は、酔った弾みでコダニ中佐とヤっちゃってねぇ。
何かの打ち上げのあとだったか。

は？

彼はなかなか床が巧みで。まぁぶっちゃけ、気持ちが良かったんだよ。
初めてだったなぁ、抱かれて気持ちが良い相手は。
で、家のほうでちょっと嫌なことが続いてた頃だったもんでさ。「家と縁を切りたいなぁ」とか思ってた時期だったこともあって、ヤっちゃった余韻のままに「結婚したいなぁ」って口走っちゃって。

………。

そしたら「じゃ、やっちゃいますか」ってコダニ中佐が鞄からスッと婚姻届けを出してくるじゃない。そのままの勢いでうっかり書いて印まで押しちゃってね（くつくつと笑う）印鑑を持ち歩いている弊害だね。

わー……サイテー……。
……てか、そんなに結婚願望が強いコダニ中佐が、よく二週間で離婚してくれたもんだね（うんざりした顔で）

まぁ自分に嘘をつくのはいけないということだね。特に人の好悪については。

コダニ中佐が嫌いだった？

いや、彼は親切な人だよ。今でもいろいろ良くしてくれる。
ただね、婚姻届けを出して同居して思ったんだが、やはりコダニ氏よりも別の人間が好きなんだよ、私は。それに抗えなかった。だからコダニ氏にそれをはっきり言っちゃら、「じゃ、分かれますか」って話になった。

なんかすんごい軽い感じが否めないんだけど。……コダニ氏、度量がでかいねぇ。

いやぁ、それがさ、あとから知った話なんだが、コダニ氏はそういうことを何回もやってる御仁らしい。

……は？

コダニ中佐の婚姻歴。

うん？

実に二十三回。

はいぃ？

私はなんと、栄光の二〇回目の結婚相手。

（口をぱくぱくさせる）

現奥さんとは、実は三回目の縒り戻しらしいよ。

……サイッテー……。

はははは。

……頼むから、そういう風紀の悪いのだけは、勘弁してよね。

大丈夫。あの一件で、私は自分に嘘はつかないと決めたから。
好きな人の近くにいられれば、それで十分だ。

ここには艦娘しかいませんよ。

やだな、一人だけいるじゃないですか。

………。
そういう軽さと距離の詰め方が嫌だつってんだよ！
あとさ、オマエさん。言ってることとやってることが、すんごい違ってる。あっちでの艦娘とのアレコレを、私が知らないとでも思ってんの？

いやいや、艦娘とのアレコレは、合意の上での関係だし、みんなやってることじゃないですか。

ここの子たちはほぼ全員が修理だ療養だって子たちだからね。
手を出すのは禁止！　もちろん私の専任艦に手を出すのも禁止。

それも大丈夫。私の守備範囲は重巡以上だし、空母は趣味じゃない。

～～～……。
戦艦クラスがいますが。

日向も長門も趣味じゃないな。できれば陸奥とか大和とかが……

……勝手にしろ。

そうさせて頂きます（満足そうに笑う）

どうやら終わったようだ。

……の、ようですね。

さて、次の指示を出しに行きますか。
（カワチを見返ることなく独り言のようにつぶやいて、日向たちのほうに歩き出す）

（そんなヒナセを見て微笑み）アイアイ、マム。