へっぽこ・ぽこぽこ書架

二次創作・駄っ作置き場。 ―妄想と暴走のおもむくままに―

艦これ駄文。

ヒナセと鳳翔・風の帰るところ

ヒナセと鳳翔・風の帰るところ 本文

○某海域 水上機母艦『千歳』艦上。
ヒナセ率いる艦隊が、輪形陣で微速前進中。
直進しているように見えるが、実は大きく弧を描きながら、反時計回りに動いている。
指揮艦橋には千歳と、司令官であるヒナセ。ヒナセの傍らに電。
千歳の肩には、使役妖精が乗っている。妖精たちはほかにも多数いる。
千歳
提督、偵察に出ている艦載機から連絡。
『目標、予定海域ニテ、戦闘ニ入リタルヲ確認セリ』

 

ヒナセ
そ。……じゃ、我々もそろそろ行きますかね。
全艦、打ち合わせどおり、哨戒を厳にして行動開始。

 

千歳
全艦行動開始。哨戒を厳にせよ。

 

肩に乗った妖精が、念話で信号係の妖精に、千歳の号令を伝える(※1)と、マストに信号旗が揚げられ、手旗信号が振られる(※2)
手旗に呼応するかのように、艦隊が輪形陣を広げるように動く。

(※1)妖精たちは念話と思われる方法で意思の疎通を行っており、仕えている艦娘の艦内程度の距離ならば、ほぼ瞬時に自由に意思疎通ができる。おかげで妖精同士ならば伝声管は不要。
どうやら仕えている艦娘となら同様のことができるようだが、それはリーダー格の妖精に限られているらしい。
千歳の肩に乗っているのは、このリーダー格の妖精である。

(※2)信号塔にいる妖精は、送信手1人と編成一艦に付き2人の受信手で基本編成される。
送信手は文字通り他艦に、信号旗や信号灯を使って指示を送り、受信手は他艦から送られてくる信号を読み取って記録し、艦橋に報告をする。
今回の場合、ヒナセ艦隊は六艦編成なので、送信手妖精が1、受信手が12、予備員2の15人編成。
大所帯の理由は、リーダー格以外の妖精の情報処理キャパが人間に比べて格段に小さく、マルチ行動はほぼ無理だからである。

千歳
艦隊、展開完了。作戦を開始します。

 

ヒナセ
作戦ねぇ……(苦笑する)

 

千歳
まぁいいじゃないですか。気分ですよ、気分。

 

ヒナセ
(肩をすくめる)こんなコソ泥っぽいことは、あまりしたくないんだけどねぇ。

 

千歳
でも、依頼なんでしょ? 本部からの。

 

ヒナセ
……まぁね。

 

千歳
じゃ、いいじゃないですか、お墨付きがあるんだし。

 

ヒナセ
こっちに益がなければ断ってたさ。
艦娘余りしててこんな低レベル海域でドロップする艦なんかいらないから
好きに拾ったらいい…たってさ。心底うらやましいね。

 

千歳
心にもないことは仰らないで下さい。

 

ヒナセ
………。

 

千歳
いれば、助けたいんでしょう?

 

ヒナセ
……千歳。

 

千歳
はい。

 

ヒナセ
各艦からの報告、逐次まとめてこっちに寄越してくれる?

 

千歳
……(苦笑して)はい、了解致しました。

 

------------------------------------------
千歳
提督、艦載機から連絡。
そろそろ戦闘が終わるようです。

 

ヒナセ
そう……で、こっちの様子は?

 

千歳
影も形もありません。
ほかの艦からも発見の報告ありません。

 

ヒナセ
……ふむ。今回はスカかな。

 

あの……し、司令官……さん。

 

ヒナセ
ん? 何か感じますか?

 

は、はいなのです。

 

千歳
………。

 

ヒナセ
どっち?

 

え…っと……か、艦隊、二時の方向……なのです。

 

ヒナセ
千歳、艦隊を二時の方向に。偵察機も。

 

千歳
了解しました。艦隊、二時の方向へ転進。
艦載機、先行して。なんでもいいから、見つけ次第連絡を。

 

ヒナセ
発見したら、信号弾、使っていいよ。

 

千歳
はい。
各艦、各偵察機に連絡。
目標発見時には、信号弾の使用を許可します。
……吉と出ますか、凶と出ますか。

 

ヒナセ
……電がね、こう言う時は、たいがい吉と出るんですよ(微かに笑う)

 

千歳
……そう、ですか……あ!

 

ヒナセ
ん?

 

千歳
信号弾です。色は青……『神通』です。

 

ヒナセ
確保し、目標かどうか急ぎ確認。他の艦はそのまま作戦続行。
本艦はこれより『神通』と合流。回収作業を開始する

 

千歳
了解しました。ただちに……提督、戦闘海域に出ていた艦載機から連絡です。
『当該戦闘終了。我ガ軍勝利。敵掃討モ完了』

 

ヒナセ
了解。通信規制解除。

 

千歳
旗艦より通達。通信規制解除。通信規制解除。
『神通』へ連絡。発見物の確保・確認を急げ。
その他の艦、哨戒機は、そのまま作戦行動を続行せよ。

 

ヒナセ
(……こんな海域《ところ》にも出るのか……)

 

千歳
提督、『神通』見えてきました。
神通さんが“装縮”の許可を求めてきています。

 

ヒナセ
人型《ヒトガタ》のほうが、容易なのかな?

 

千歳
たぶん、そうかと。
目標がそれなりに小さいということになりますね。

 

ヒナセ
なるほど。じゃ、許可します。神通は目標を確保。
当艦は回収準備、急げ。……千歳。

 

千歳
はい。

 

ヒナセ
ここから先は君らがやりやすいように、独自で動いていいから。
神通さんとも連絡を密に。

 

千歳
………。

 

ヒナセ
ん?

 

千歳
(にっこりと微笑んで)...Yes, All right.  Thanks ma'am.

 

ヒナセ
(素っ気ない表情で、肩をすくめる)

 

○水上機母艦『千歳』甲板上
目標物とそれを確保した神通を引き揚げるための準備が進められている後部甲板。
そこへヒナセと千歳が来る。千歳は防水ジャケットを着ている。ヒナセはそのまま。
電は同行していない(たぶん、ヒナセの個室に戻っている)
甲板上は喧噪に包まれている。
ヒナセは作業を高所から遠目で見ている。作業が行われている場所まで行かないのは、邪魔になるだけだと知っているから。
救命筏が降ろされ、神通と大勢の妖精たちの手で確保された「それ」が積まれ始める。
作業の指揮を執っていた千歳が、ヒナセのほうを振り返って大声で報告する。
千歳
提督、出ました! ドロップ艦です。
急ぎ引き揚げます。

 

ヒナセ
………。
(制帽で表情は見えにくいが、引き揚げを凝視している様子)

 

千歳
提督……?

 

ヒナセ
……!!

 

無言で飛び出し、ラッタルを駆け下りるヒナセ。
そんなヒナセに驚きながらも、千歳は妖精たちの報告を逐一聞いている。
千歳
詳細出ました!
艦種……軽空母。
艦名……鳳翔!!

 

報告が終わると同時に、甲板にドロップ艦と神通が引き揚げられる。
そこに必死の形相でヒナセが駆け寄り、跪いて、びしょ濡れになるのも構わず、ドロップ艦をくるんだシートを剥がして、中を覗き込む。
そこには『鳳翔』
ほとんど損傷しておらず、状態は良い(場合によっては資材にするしかない状態でドロップしてくるものもある)
ヒナセは言葉を失って、呆然と鳳翔を見る。
ヒナセ
………。
……!……。

 

やがて、ゆっくりと鳳翔の目が開き始める。
鳳翔の視界は、はじめはぼやけきって何も見えず、だんだんとそれが鮮明になっていく。
その中で、ただひとつだけ見えたものは、眼鏡をかけた丸顔の、軍人らしからぬ軍人が、自分を覗き込んでいる様だけ。
鳳翔
(自分を覗き込む人間を茫洋と眺めていたが、しばらくのちに、唐突にフッと微笑む)
……よかった無事で……無茶をしては、駄目ですよ……ヒナコ……さん……

 

ヒナセ
!!!
……お……鳳翔《おか…ぁ》……さん……?

 

千歳
……提督?

 

鳳翔は微笑んだままゆっくりと目を閉じ、スリープ状態に入る。
ヒナセはただ呆然と、その場に凍り付く。
千歳
……提督……

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
○ヒナセ基地 司令官室  ヒナセと鳳翔
司令官室。司令官デスク、椅子に座ったヒナセ。デスクを隔てて相対する鳳翔は、立っている。
電はいない。今日の秘書担当艦もいない。
鳳翔
軽空母『鳳翔』です。

 

ヒナセ
はい。この基地の責任者をしている、ヒナセです。
もう、体の方は大丈夫ですか?

 

鳳翔
はい、おかげさまで。

 

ヒナセ
そうですか。
……ここは、所属がなくなり、しかしすぐに次の任地に行かせられないほど損傷した艦娘を、艦政部から一時預かって修復し、回復と療養を主任務にしている、鹿屋基地所属の分基地です。

 

鳳翔
はい。

 

ヒナセ
ほかには、大規模作戦が行われる際の海上補給を担当しています。

 

鳳翔
はい。

 

ヒナセ
補給任務を行う際は、ドロップ艦や損傷艦の回収を行うこともあります。
戦闘中に損傷して航行不能になった艦は、すぐに所属艦隊に引き渡しますが、ドロップ艦や漂流艦については、状況状態によっては、当基地でしばらく修理・リハビリをしてのち、鹿屋経由で艦政本部に返却するか、当基地所属艦として残留ということになります。

 

鳳翔
はい。

 

ヒナセ
鳳翔さんの場合は、当基地所属艦隊が海域上で独自に回収したので、当面は――

 

鳳翔
………。

 

ヒナセ
――………

 

鳳翔
提督?

 

ヒナセ
……当面は――……すみません、ちょっと目がくらんでしまって(メガネを外して、左手の親指と人差し指で眉間を寄せるようにして押さえる)
あ、そうだ、座って下さい(右手でうながす)

 

鳳翔
(少し身を乗り出して)大丈夫ですか?
……その、事故の――

 

ヒナセ
(指の間から鳳翔を見る)

 

鳳翔
――事故の時のお怪我がまだ……

 

ヒナセ
(手を下ろして)……それを、どうして……

 

鳳翔
———(自分の口から出た言葉に驚いて呆然としている)

 

ヒナセ
とにかく、座って下さい(ふたたび手でうながす)

 

鳳翔
……はい……(横に置いてある椅子に静かに座り、手を膝の上に)

 

ヒナセ
……私が、“事故”に遭ったのは、もう二十年以上前の話です。

 

鳳翔
……え?……(目を見張る)

 

ヒナセ
そして、その事実を知っている艦娘は、この世にひとりしかいません。さらに言えば、その艦娘は、海軍の記録上では、私が事故に遭った年の三年ほどあとに登録が抹消されています。
理由は、練習航海中の事故による沈没……となっています。

 

鳳翔
そ……そう、でしたか……。

 

ヒナセ
……事故当時、私はまだ学生で、航空練習艦『鳳翔』に飛行学生として乗り組んでいました。
鳳翔さん、「トミタ」という名前の学生に、覚えはありませんか?

 

鳳翔
……その……

 

ヒナセ
知らなければそれはそれでいいです。
ただ、あなたを引き揚げた際に、あなたが口にした言葉の意味は何かと
思いまして。

 

鳳翔
……ヒナセ提督。

 

ヒナセ
はい。

 

鳳翔
………(目を伏せ、そして見上げてヒナセをまっすぐに見る)
ご結婚、なさったんですね、ヒナコさん。

 

ヒナセ
……はい。
鳳翔《おかあ》さんに報告したかったんですが、ずっとそのままになって
いました

 

鳳翔
……その、ご主人は?

 

ヒナセ
亡くなりました。戦死です。結婚生活そのものは、三日しかしていません。
すぐに海域に出て、そのままです。子供もいません。

 

鳳翔
それは……大変申し訳ありません。

 

ヒナセ
いえ。それも含めて、あなたに報告しようと思ってました。
やっと、報告できました。ありがとうございます。

 

鳳翔
お顔をお上げ下さい。謝罪とお礼を言わなければならないのは、私の方です。
あの時、ヒナコさんを助けることができなくて、ずっと悔いておりました。

 

ヒナセ
もっと早くに救援信号を出せばよかったんです。自分の腕を過信して、自分で何とかしようと思いました。じゃないと、鳳翔さんの位置がばれてしまう。
そしたら、鳳翔さんもみんなも巻き込んでしまうと、思ったんです。
練習弾しか入っていなかったのに。それで十分相手を墜とせると思ったんです。
その過信がゆえの事故です。生きているだけでも上等なんです。

 

鳳翔
……ヒナコさん……。

 

ヒナセ
その時に右目をなくしましたが、入院中に技術部の技官が来て、検体にならないかと言われました。
私の右目は、艦娘を再生・修復する技術で作られたものだそうです。
ただ、眼球だけだとうまく焦点位置を合わせられないので、この眼鏡が必要で。

 

鳳翔
……電探……ですか?

 

ヒナセ
艦娘にはすぐにバレますね。ええ、電探に近い技術で作られています。
その気になったら、艦娘ほどではないですが、通常の人間よりも遠くのものが見えます。すぐに疲れるし、デメリットの方が多いので、ほとんどその機能は使いませんが。
技術部は、この技術で、事故や戦闘で視力を失った飛行機乗りを救済したかったようですし、索敵時の視力向上も図りたかったみたいです。
ですが、実用化された話は聞きません。私もこの基地を任されると同時に検体をお払い箱になってそれきりなので、それ以後研究が続けられているかどうかは知りません。メンテナンスはしてくれるので、それなりに続けられているのかなとは、推測していますが。……私の話ばかりになってますね、すみません。

 

鳳翔
いえ。

 

ヒナセ
ところで鳳翔さんご自身についてですが。

 

鳳翔
はい。

 

ヒナセ
いちおう、私の直接の上司であるアサカ中将には、鳳翔さんのことは報告しています。

 

鳳翔
はい。

 

ヒナセ
その上でですが、艦政部には、あなたを当基地で建造した建造艦だと、報告および申請をする予定……あくまでも予定です。
これについては、アサカ中将も承知しています。

 

鳳翔
……え……。

 

ヒナセ
どのみち、あなた自身に記録してあるデータのすべてはほぼ消えています。
初期化しても消えることがない艦娘の基本情報……個体番号、建造日、就役から今日《こんにち》まで概要記録等、そのほとんどが消えてしまう。
不思議な現象です。ドロップした時に消えるのか、その前に消えるのかは定かではありませんが、ドロップ艦にほぼ例外なく起きる現象なので、艦政部に申請して新しい個体番号を発行してもらわねばなりません。建造艦であっても個体番号は発行してもらわないといけないので、どのみち申請は避けられないんです。

 

鳳翔
はい、存じております。でも、それならばドロップ艦として申請なさっても良いのではありませんか?

 

ヒナセ
そうなんですが、あなたを確実に手元に残すなら、建造艦として申請をするほうが何かと安心できるんです。先ほども言いましたが、回収した艦は、本部の鹿屋や中央の艦政部から預かってるだけ……という建前があるので。
それで以前、自分の艦にできると思っていた艦娘をいきなり持って行かれたことがありまして。あれはもうイヤだなぁって思っているんです。

 

鳳翔
……そうでしたか。

 

ヒナセ
はい。もちろん専任艦にしてしてしまえば、艦政部からの第一級命令でも発令されない限り、もぎ取られるようなことはありませんが、それでも、万全を喫しておきたいという、私のわがままです。
……あなたが、私が探していた『鳳翔』でなければ、こんなことはやりません。

 

鳳翔
提……ヒナコ…さん。

 

ヒナセ
私は、運がいい……。
今までいろんなことがありましたが、そのたびに運の良さに助けられています。
ですが、この運の良さもいつ枯れてしまうか分かりません。もしかしたら、今回あなたと再会できたことで、なくなってしまったかも。
……だから、手にしたせっかくの幸運は、この手でしっかりと握りしめて、誰にも渡したくないんです

 

鳳翔
………。

 

ヒナセは黙って鳳翔を見つめている。
ヒナセの表情から、ヒナセが何を考えているかは、鳳翔には分からない。
ヒナセはただ、三度母を亡くすのはイヤだと考えている。
一人目は実母、二人目はこ飛行学生だった時の練習艦艦娘・鳳翔である。
鳳翔
……わかりました。提督の思うようになさって下さい。

 

ヒナセ
ありがとうございます(深々と頭を下げる)

 

鳳翔
あらためまして、ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします。

 

ヒナセ
こちらこそ、よろしくお願いします。
……あ、それとですね。これは、場合によっては内密にしておきたい話なんですが。

 

鳳翔
はい?

 

ヒナセ
実はあなたを初期化していません。

 

鳳翔
はい、気がついております。

 

ヒナセ
(うなずいて)あなたに差し支えがなければ、今後も初期化をしないでおこうかなと思っていますが、いかがですか?

 

鳳翔
それは……軍規違反になるのでは?

 

ヒナセ
そうですね。ですが、この基地の主席秘書艦もですね、実は初期化していないんです。正確に言えば、初期化できない状態なんです。

 

鳳翔
……は……?

 

ヒナセ
この基地を開設し、私が責任者になる条件として、ワケありの駆逐艦を預かりましてね。まだリハビリ中なんです。
実は、さっき鳳翔さんと入れ違いに出て行った『電』がそうなんですが、あの子は艤装を装着することができないんです。だから艦になれません。海もまだ怖がります。

 

鳳翔
それは……今私が聞いても良いお話なのでしょうか?

 

ヒナセ
艦政部的には、電を解体できる程度に修復して欲しいみたいですが、私は、電はしばらくこのままでいいと思っています。
艦にはなれなくても、私とこの基地にとって、なくてはならない艦娘なんです。
……この話、ほかには、基地専任艦の赤城が知っています。

 

鳳翔
そう……ですか。

 

ヒナセ
いろいろとたくさんお話をしましたが、あとは鳳翔さんが決めて下さい。

 

鳳翔
……決める?

 

ヒナセ
はい。新造艦としてここに残ってもいいですし、艦政部に戻って次の任地へ行きたければそれも構いません。
初期化するもしないも、好きになさって下さい。
二十年ほどかかりましたが、私自身の目的は達せられたので。

 

鳳翔
……提督、少し、お時間を頂けませんか?

 

ヒナセ
いいですよ。決めたら返答して下さい。
それまでは、この基地でのんびり療養するといいかと思います。

 

鳳翔
はい。ありがとうございます。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
○ヒナセの自室 ヒナセ、電
なぜか押し入れの中に敷かれた布団の上。
ふたりでタオルケットを被って内緒話中。
司令官さんは、いけない人なのです。

 

ヒナセ
(渋い顔)

 

鳳翔さんにひどいことを言ったのです。

 

ヒナセ
……なんでそんなことが分かるんですか?

 

お話が終わってから、お二人ともお顔に雨が降っているのです。

 

ヒナセ
……ずいぶん文学的な表現だね。

 

前に、司令官さんがくれた、ご本に書いてあったのです。

 

ヒナセ
あー……少年少女文学全集……。
(補足:この『少年少女文学全集』は、山向こうのヒナセの実家跡地から発掘されたもの。暑い地域なので、家が外に出ている部分よりも地下に埋まっている部分が大きく、その奥下にあった納戸部分がほぼ無傷で残っているらしい)

 

はいなのです。どのご本も面白いのです。

 

ヒナセ
……それはよかった。

 

ありがとう、なのです。

 

ヒナセ
どう致しまして……て、話がそれてるね。

 

司令官さんがいけないのです。

 

ヒナセ
すみません。

 

どうしてひどいことを言ったのですか?

 

ヒナセ
ひどいこと……ねぇ……そうなのかな。

 

そうなのです。さいごにあんなことを言うと、どうしていいか、分からなくなるのです。

 

ヒナセ
あー……まぁねぇ…。

 

なのです。

 

ヒナセ
……うーん……。正直さ、よくわかんないのです。

 

なのですか?

 

ヒナセ
なのです。

 

でも、ヒナコさんがお探しになっていた鳳翔さんでは、ないのですか?

 

ヒナセ
それは……たぶん間違いないと思う。

 

たぶん、なのですか。

 

ヒナセ
なのです。ああは言ったけど、最後の一歩で確信が持てないの。

 

はわわわ……。こういうとき、人間さんは大変なのです。

 

ヒナセ
いやね、ドロップ艦でないなら、調べるのは簡単だったんだけどね。

 

記録がありますのです。

 

ヒナセ
でも、鳳翔さんの記録は、ほとんど喪失しててさ、本人の記憶だけが頼りなんだけど、記録がきれいに消えてる割に、記憶がしっかりしすぎてるんだよねぇ。
なんか、別に上書きされてるんじゃないかって、疑っちゃう程度には。

 

はわわ……それは、むずかしいのです。

 

ヒナセ
うん……。

 

でもですね、ヒナコさん。

 

ヒナセ
はい?

 

きっと、ヒナコさんがお探しになっている鳳翔さんだと、いなづまは思うのです。

 

ヒナセ
自信満々だねぇ。

 

なのです!

 

ヒナセ
なのですかー……。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
○浜辺 波打ち際からずっと陸に入った、砂浜が切れるところ。 電と鳳翔。
 
鳳翔
電ちゃん?

 

はわ……こ、こんにちは、なの……です

 

鳳翔
横に、座ってもいいですか?

 

(躊躇していたが、こくり、とうなずく)

 

鳳翔
ありがとうございます(人ひとり分空けて座る)

 

ほ……鳳翔さん……あの……し、司令官さんのこと……
ごめんなさい…なのです。

 

鳳翔
……?
(ふ、と目を細めて笑い)電ちゃんが、謝ることでは、ないのですよ

 

はわわ……。

 

鳳翔
ヒナセ提督は、お優しい方?

 

はい、なのです。でも……でも、ときどきこわいのです。

 

鳳翔
こわい?

 

いつもはニコニコしているのです。でも、ここが(と、眉間を両手の人差し指でぎゅっと押さえる)ぎゅってなって……そうなったときの司令官さんは、どこも見てないのです。でも、目をつぶっていないのです。

 

鳳翔
……(ああ、となにかに思い当たった様子で)伏し目がち……ではないですか?
あるいは、右に左に…と時々目が動いたり。

 

はわわわ……そ、そうなのです。

 

鳳翔
それは、たぶん……考え事をしていらっしゃる時だと思います。
目が右を向いている時は何かを思い出したり、記憶を探っている時……。

 

はわわわー……。
すごいのです、鳳翔さん。
やっぱりヒナコさんの鳳翔さん……なのです。

 

鳳翔
………。

 

……? どうしたのですか?

 

鳳翔
……いえ……。
電ちゃんも『ヒナコさん』って言うんですね。

 

はいなのです。はじめて会ったとき、まだいなづまの司令官さんじゃなかったのです。
なので、お名前で呼んでいいって言って下さったのです。

 

鳳翔
そうですか……ヒナコさんらしいですね。

 

電はいなのです。鳳翔さんも『ヒナコさん』ってお呼びしてるのです。いなづまとおそろいなのです。
……でもですね、ヒナコさん、お悩みになっているのです。

 

鳳翔
悩み……ですか。

 

はいなのです。
鳳翔さんにずーっといて欲しいって、本当は思っているのです。

 

鳳翔
そう……なのでしょうか。

 

そうなのです。ヒナコさん、なぞなぞのようなことを言うのです。
そういうときはお悩みになってるときなのです。

 

鳳翔
……あ……。

 

……?(首をかしげる)

 

鳳翔
電ちゃん。電ちゃんはどのくらいヒナセ提督にお仕えしているのですか?

 

いなづまが司令官さんの秘書艦になってからですか? ええと……
4年……と、半分くらいなのです。

 

鳳翔
そうですか。じゃ、私よりも電ちゃんの方が、長いのね。……そうね、秘書艦ですもの私よりもずっとヒナコさんのことをご存じなのですね。

 

……??

 

鳳翔
電ちゃん、ここは……その……お食事はどうしているのかしら。
誰かが作っているの? それともお当番?

 


お当番なのです。でもできる子とそうでない子がいるので、できる子でやっているのです。

 

鳳翔
そう。

 

鳳翔さんはお料理がお上手そうなのです。……赤城さんに言うのです。

 

鳳翔
赤城さんに?

 

そうなのです。赤城さんがお当番の管理をしているのです。

 

鳳翔
……そう……そうですね。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
○ヒナセの私室 夜
控えめなノックの音。
ヒナセ
どうぞー。

 

鳳翔
失礼します。

 

入ってきた鳳翔の手には小さな盆。
ヒナセ
……どうされました?

 

鳳翔
あの……お夕食の時、あまり召し上がってないように見えたので、これを……。

 

盆の上には小さな角皿のに乗った三角形のおにぎりがひとつ。
そしてあたたかいほうじ茶。
ヒナセ
………。

 

鳳翔
……勝手をして申し訳ありません。余っていたご飯を、頂きました。
赤城さんに相談して……。

 

ヒナセ
……あ、いえ……頂きます。

 

おにぎりを取り上げ、手で割って半分こにして、鳳翔に差し出す。
ヒナセ
半分、加勢して下さい。

 

鳳翔
あ、はい……(受け取る)

 

ヒナセ
(やや困ったような笑みを浮かべて鳳翔を見つつ)いただきます。

 

鳳翔
はい……では、わたくしも(そっと口に含む)

 

ヒナセ
(にこ、と笑って、おにぎりを食べ始める)……おいしいです。

 

鳳翔
ただ、お塩で握っただけですよ。

 

ヒナセ
塩加減がすごく良いです。
……昔、同じものを頂きましたね……おいしい……です。

 

鳳翔
(視線を落として微笑んでいる)

 

ヒナセ
………(一心に食べる)

 

鳳翔
(ふと顔を上げてヒナセを見る)……て、提督。

 

鳳翔の目に食べながら無言で泣いているヒナセが飛び込んでくる。
ヒナセ
うまい……美味いです……鳳翔《おかあ》さん……。
(ほうじ茶を手に取って、一気に飲み干そうとするが、むせる)

 

鳳翔
大丈夫ですか?(背中をさすってやる)

 

ヒナセ
……だい……だい、だい……(『大丈夫です』と言いたいのに言えない)

 

鳳翔
ご無理なさってはいけません。

 

ヒナセ
はひ……すみません……。

 

鳳翔
——落ち着いて、深呼吸をするのですよ。

 

ヒナセ
————。

 

鳳翔
……?……どうされました?

 

ヒナセ
……鳳翔《おかあ》さん……。

 

鳳翔
はい?

 

ヒナセ
おかあさん……。

 

鳳翔
はい。

 

ヒナセ
……えと……その……お、お茶……
これ……

 

鳳翔
(うなずいて)作りました。お茶の葉をお習字紙にのせて、こう……あぶって……(その通りの手つきで揺すってみせる)
奉書があれば良かったんですが、なかったので、お習字紙を。

 

ヒナセ
………。
(眉がハの字に下がりきった情けない顔でしばらく鳳翔を見つめていたが、一度目を瞑り、ゆっくりと目を開ける。飛行学生だった時のヒナセの顔がある)
……自分に嘘をつくところでした。
鳳翔さん、あなたが良ければ、この基地に留まって欲しいです。鳳翔《おかあ》さんが淹れてくれたこのお茶、学生の頃、大好きだったんです。飛行学校をドロップアウトしたあと同じように淹れてみたんです。何度も挑戦したけど、同じ味にならないんです。
実は、飛行学校の教官をやってた時期に、少しの間だったんですが、『鳳翔』に乗り組んでたんです。
その鳳翔さんも同じようにほうじ茶を作ってくれたんですが、味が違うんです。
おにぎりも、味が違うんです。

 

鳳翔
ヒナコさん……。

 

ヒナセ
……実は少しだけ疑っていました。もう二十年くらい前……大尉のときに、あなたが沈没したという記録を見たんです。今もその写しを持っています。だから……だから……

 

鳳翔
……私が知っている飛行学生だった女の子は、とても素直で、何にでも目をキラキラさせて、とにかく空を飛ぶことが好きな女の子でした。
正直言って、私はその女の子が、いつか戦場の空を駆け巡って、そしてだんだんと荒んでいくだろうことが、辛かったんです。
パイロットを目指す子たちはみんな、純粋に空を飛びたいと思っている子たちばかりですが、どの子も戦場を飛ぶようになると、例外なく目に暗い光を宿すようになるんです。
だから、その女の子が、結局ドロップアウトをしたけれども、士官学校に転科したと聞いて、嬉しかったんです。飛行科から転科の少尉さんは、教官になって戻ってくる可能性が高いので。

 

ヒナセ
………。

 

鳳翔
でも再会してみれば、女の子は提督になっていて、私の知らない表情をするようになってて。
………。
とても困惑しました。この方は私の知っているあの子ではないかもしれない……そう思った瞬間もあります。
でも、今目の前にいるその女の子は、確かに私が知っている、あの女の子です。
ヒナコさん……いえ、提督。わたくし、この基地に残りとうございます。
提督のお手伝いをさせていただけませんか?
いつかその女の子の艦のひとりとしてお仕えしたい……というのが、あなたが士官学校に転科したと知った時からの、私の望みだったんです。

 

ヒナセ
鳳翔さん……。

 

鳳翔
……はい。

 

ヒナセ
(バッと、敬礼をして)明日あなたを、当基地の新造艦として、艦政部に申告します。

 

鳳翔
(さっと、最敬礼で聞く)

 

ヒナセ
明朝マルキューサンマルに司令官室に出頭して下さい。

 

鳳翔
明朝マルキューサンマル、司令官室に出頭いたします。

 

ヒナセ
(敬礼を解く)……あと……ですね!

 

鳳翔
(最敬礼を解いて顔を上げる)はい。

 

ヒナセ
許可しますので……おにぎり、ふた……あ、いや……みっつ……作って下さい……(だんだんと消えそうな声になる)

 

鳳翔
………(びっくりして目を見張り、やがてふっと笑って)
はい。了解致しました。
ではお茶も、お淹れしましょうね。

 

ヒナセ
はい、ありがとうございます。

 

ヒナセ、真っ赤になりながら、デスクの引き出しからペンとメモ紙を取り出し、 赤城にあてて伝言を書き付け、鳳翔に渡した。
ヒナセ
……赤城に渡してください。そしたら、厨房も食材も使えます。

 

鳳翔
かしこまりました。
……赤城さんがこの手の管理をしていることに、驚きましたけど。

 

ヒナセ
ああ……。管理をさせてることで、赤城自身が自分を律せるので。
ウチの赤城だけかもしれませんけど。

 

鳳翔
背水の陣……ですか。

 

ヒナセ
この話すると、たいがいみんなそう言うんですよね……(とほほ、と苦笑する)

 

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エピローグ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ヒナセ
ダメです、却下。

 

鳳翔
そうおっしゃいますが、これ以上業務を滞らせるわけにも参りません。

 

ヒナセ
書類は腐らないし育ちすぎて味が落ちたりしませんけど、こっちは確実に味が落ちます。
こっちのほうが重要事項です!
(ガタン、と立ち上がって、大股で部屋を出て行く)

 

鳳翔
……あ……。
……提督……(盛大にため息をつく)

 

(オロオロしながら、二人の様子を見ている)

 

鳳翔
ごめんなさい、電ちゃん。

 

だ、大丈夫……なのです……。

 

鳳翔
あんなに頑固な方だったなんて……。

 

司令官さん、お野菜のことのほうが大事なのです。
いままでずっとそうしていたのです。

 

鳳翔
……ちょっと、提督とお話ししてきます。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
○基地菜園第七区
ヒナセがノソノソと機嫌悪くイモを掘っている。
そこに鳳翔。
鳳翔
……提督。

 

ヒナセ
………。
デンは、怖がっていませんでしたか?

 

鳳翔
少し。

 

ヒナセ
……そう、ですか(頭をガリガリと掻く)
あとで謝っておきます。

 

鳳翔
……お芋の出来はいかがですか?

 

ヒナセ
……上々です。やっぱり今日がいちばんの収穫日です。

 

鳳翔
………。

 

ヒナセ
鳳翔《おかあ》さん。これで、デンに何か作ってやって下さい。
私が作ってやれるのは、砂糖と醤油の煮っ転がしくらいなんで。

 

鳳翔
……ヒナコさんがお作りになった煮っ転がしの方が、電ちゃんはお好きなのではないですか? 私はそう思いますけれど。

 

ヒナセ
……そう、ですかね?

 

鳳翔
ええ、たぶん。

 

ヒナセ
そう、ですか。

 

鳳翔
提督には、私の作った煮っ転がしでいいですか?

 

ヒナセ
……(チラ、と鳳翔を見て)……はい。ありがとうございます。

 

鳳翔
では、今日中にここのお芋を掘ってしまわないとですね。

 

ヒナセ
……(一瞬、信楽焼のタヌキのような表情になる)

 

鳳翔
皆さんに声をかけてきます(立ち去ろうとする)

 

ヒナセ
鳳翔さん。

 

鳳翔
(足を止めて振り返り)はい?

 

ヒナセ
さっきは、すみません。

 

鳳翔
いえ……私こそ、強く言い過ぎました。

 

ヒナセ
えと……こっちに(手招きする)

 

鳳翔
はい。

 

ヒナセ
風が……いい風が吹いています。

 

鳳翔
(ヒナセの横に座り)ええ、こういう日は、飛ばしてやりたくなります。

 

ヒナセ
じゃ、急いで掘ってしまいましょう。そのあとは、訓練てことで。

 

鳳翔
提督。

 

ヒナセ
はい。

 

鳳翔
ご一緒に、いかがですか? (微笑んで空を指さす)

 

ヒナセ
……じゃ、やっぱり急いで掘りましょう。

 

鳳翔
では、みんなを呼んできます(立ち上がって基地の方に歩き出す)

 

ヒナセ
(無言でイモを掘り続ける。その手はさっきの倍の速さで動いていて…)

 

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