二鷹04
二鷹04 本文
後悔がなかった、と言えば嘘になる。でも後悔はしていない。
自分の気持ちを持てあましすぎた。
そして、既成事実を作った。
寒い寒い夜だった。
いつも以上に寒い夜。
冬になれば、毎夜毎夜、外は氷点下。マイナス一〇度から上がった例しがない。そんな酷寒の地。
基地は小さく艦娘の数も少ないから、これといった成果も上がらない。そんな基地。だから雲の上の人たちは、そんな基地のことなんか気にかけてもくれない。そもそも提督にやる気がないときて、最低限のことしかしないから、基地の設備もほとんどない。
艦娘は人間じゃない上に、人間に比べて暑さ寒さにも格段強いからと、部屋を暖める暖房もない。そんな基地で、艦娘たちは身を寄せ合って暮らしてる。
死ぬことはない。けれども眠れなければ、故障や機能不全を起こすから、一年のうちのとてもみじかい夏季を除いて、艦娘たちは二人三人四人五人と固まって布団に入る。
薄っぺらなペラペラの布団を何枚も重ねて。
布団を入れている押し入れは湿気だらけ。布団を干すにも太陽の出ている時間も短い上に、冬は下手に外に出せば、持ってる湿気で布団が凍る。だから、干した布団がホコホコあったかいなんて、文字の上での知識でしかない。
私たちはこの基地で生まれた建造艦で、奇しくも同日に生まれてきた。気がついたらすでに成艦で、すぐに海戦投入された。運良く初陣を生き延びた。
以来、私たちは一つ布団で眠っている。先人の艦娘たちがそうしろと教えてくれたからだった。初陣を生き延びた体は、自分たちの意に反して、疲れているのに眠れなかった。カタカタと体が小刻みに震える。海の上で味わった轟音と振動が、まだ自分の体をふるわせている。そんな感覚だった。
眠りたいのに眠りたいのに……と焦っていたとき、ふと顔を上げると、一緒に布団に入ってる姉妹艦の彼女も、同様に震えていて、こちらを覗き込むように見ていた。
ああ、彼女も同じなんだ……
そう思うと体の力が抜けて、震えが止まった。どうやら彼女も震えが止まったようだった。
私たちはお互いに、手を握り合って、お互いの存在を確かめあって、眠りに落ちた。
きっとそれがきっかけだったのだと思う。
はじめのうちはさほど意識していなかったのに、時間が経つにつれて、彼女を目で追う自分を何度も見つけた。
そのうちに、隣で眠る彼女が気になって、眠れなくなる日々が続いた。
辛い。
辛い。
意識し始めると、だんだんとそれは加速する。眠るために、酒の力を借りるようになった。
はじめのころ、酒臭いのは嫌いと言っていた彼女は、いつの間にか慣れたのか、それともほかに相手がいなくて諦めたのか、私と寝ないという選択肢を選ぶことはなかった。やがてそれは当たり前のことになり、私も諦めの境地に達したのか、彼女がいないと逆に落ち着けず眠れないようになった。
彼女と一つ布団で眠らなければならないのは諦めることができたが、彼女のことが好きだという気持ちはしぼむことはなく、日に日に大きくなるばかりだった。でも、この気持ちはずっと心にしまっておこうと思っていた。
いいじゃないか、それで。
いいじゃないか、これで十分幸せを感じることが、できているのだから。
だが、私たちは一線を越えた。いつも以上に寒い夜だった。
吐く息すらも凍ってしまいそうな凍てついた夜に、私たちは火の玉のようになってお互いをむさぼり尽くした。
禁断の扉を開けた鍵と鍵穴は、『昔の名前』だったらしい。
それ以後、私たちは二人っきりになると、『昔の名前』で呼び合った。それはその夜にまた一つになりたいという意思確認の暗号でもあった。
後悔はしていない。
そう言い切れば、嘘になる。でも嘘じゃない。
私が振り返ると彼女が微笑んでいる。
彼女が振り返って笑えば、私も笑みを返す。
言葉はいらない。でもそこには、はっきりと聞こえる声がある。
前に後ろに。お互い背中を守り合う。
姉妹でいて、それ以上で繋がっている。
それは、この唇に彼女の唇をとらえて、お互いの形すべてを確認しあった時からの確信。
でもね……
ゴメンよ。
私、還れない。
あんたよりも先に沈んだりしない。……そう自分に誓ってたのに。
艦載機《ちび》たちもすべて失って、ひとり波間を漂ってる。
燃料が流れ出して、それももう、そろそろ尽きる。
あとは運を天に任すしかないね。
でもさ、実はね、あんたに託したいものがあるんだよ。
そろそろ生まれる頃かもしれない。
それが、この勝ち目のない任務に出ることを承知した、条件だったのさ。
「……あー……空、めっちゃキレイ……」
艦載機《ちび》たち、こんな空を、飛ばしてやりたかったなぁ……。
こんなに深い青空を……
ね、出雲丸。