へっぽこ・ぽこぽこ書架

『つぅきﾝがー…あ、出た出た～～、ぁ、月があぁぁぁ出たーぁヨイヨイ……炭坑《ヤマ》の竪坑《たてこう》のーォーぉ上にーぃ出たー……』

橿原丸。

……あにー？

アナタ、今まで何人、『飛鷹《私》』と出会った？

……いきなりなんだい？　出雲丸。

なんとなく。

今宵は良い月が出てるってぇのに、どしたぃどしたぃ？

良い月の割には、しみじみと歌ってるわよねぇ。

『炭坑節』はねぇ、労働歌なんだってさー。
石炭をツルハシで掘りながら一節一節歌ってたのが元らしい。
……オリジナルの記憶なんだけどねえ、これは。

へぇ……そう。

オリジナルの記憶というのか、艦の記憶というのか。
この歌発祥地域出身だった工員が、歌ってたらしい。

長崎じゃないの？

違うらしいよ。よくは知らない。というか、記憶には残ってない。

残っているのは歌だけ……か。

うん、そんな感じ。
でも好きな人のことを歌ってもいるんだよねぇ、これ。

そうね。

……で、さっきの質問の答え。

………。
別に良いわよ、もう。

アタシたちもほら、ずいぶん長く艦娘やってますし？
飛鷹なんか、さらに長いし？

……ちょっと……。

憶えてる限りじゃ、アンタ含めて六人……てとこかなぁ。
飛鷹は？

私は、あなた含めて五人よ。

おやま、アタシの方が多いのか……ふむ。
……ま、安心してよ。

なにが？

他の五人をアンタと間違ったこと、ないよ。

そう？

でもって、今回、海に漂ってるアンタを一目見てすぐにアンタだって分かった。

……そう。

なんつーか、違うもんなんだよねぇ。
うまく言葉で言えないんだけどさ。

……私もよ。

うん？

私も他の四人をあなたと間違ったことはないし、水平線から現れたあなたを見て、すぐにあなただって分かった。

だーよねー。
……絆ってやつかね？

たぶんね。

ま、同じ艦の別の子を、誤って認識するってあんましないけどね。
前の子を知ってると、微妙な差にもにょもにょすることはあるけど。

……橿原丸。

はいー？

昔っから思ってたけど、あなたの一言多いのは、変わらないわね。

いひひひ。

褒めてません。

いて！
……ねぇ、ひとつ訊いてもいい？

なぁに？

なんで、飛鷹じゃなくて『出雲丸』って呼ばせたの？
アタシのことはずっと『橿原丸』って呼ぶしさ。

……なぜでしょうねぇ。私にもあの時の気持ちはよく分かってないのよ。

ふぅん。

ただ……

ん？

あなたには申し訳ないけど、あなたの前にいた『隼鷹』が、しばらく忘れられなかったの、
どうしても。

あ。ひどーい……て言いたいけど、アタシの前の『隼鷹』って、轟沈したんだっけ？

ええ。そう。
あなたと会う直前くらいにね。

……だったら仕方ないよね。
うん。長年の疑問が解けたからいいや。

ごめんね。

んにゃー。いろいろ謎が解けたから良い。
てか、ひどいねぇ、あの提督。

あなた、嫌っていたじゃない？

うん。最後まで好きになれなかった。
だからじゃないかな、とっとと余所にやられちゃったの。
まぁ、異動した先にも、あんまいい提督はいなかったけどね。

何人目なの？

今の提督で？　だったら、六人目……かな。
はっきり言って変な人だけど、それなりに自由にさせてくれるから、それまでの連中と比べたら、上等の部類に入ると思うよ。

……まぁ……艦娘が陸《おか》で畑を耕している姿なんて、今まで見たことも聞いたこともなかったわ。あれはなんなの？

自分たちの食料の一部は自給自足する……がモットーらしいけど、
そもそもが提督の趣味なんだって。
どこに赴任しても、敷地内に花壇とか畑を作る人なんだとさ。他の提督から聞いたよ。

……海軍の人よねぇ？

うん。飛行科から士官学校への転属組だって。
確かに、航空戦の指揮は巧い。

どおりで、空母の割合が多いと思った。主席秘書艦も空母だったし。
なら、あなたに向いている人なのじゃないかしら？

どっかなー。あんまお近づきにはなりたくないのよねぇ。
なにせ人をノセるのが巧すぎる。おべっか使ったりこっちをいい気にさせてくれるわけでもないのに、気がついたらこっちから安請け合いしちゃってさ、そのたいがいのことが、碌でもないときたもんだ。
あの武蔵のことなんかその最たるものだったし。

……ふぅん……。

あによ？

……にしては、悪い気はしないって、顔に書いてあるわよ。

へっ。

なんにしても、安心した。
これでも心配はしてたんだから。

あらそう。

あなたはどうなのかしら？

……アンタを海の上で見つけるまで、すっかり忘れてた。

あらひどい。

へへへ。

……ふふ……そういうことにしておきましょうか。

……ああ、そうしておいておくれよ。

今はあの子に夢中だもんね。

（肩をすくめる）

隠しても無駄よ。

そう？

だって———

それ以上はナシにしようや、出雲丸。

了・解。橿原丸。

へへへ……

ふふふ……